【偽 装】
あの御方の凛々しい姿が忽然と夢の中に浮かんだ翌朝は、たいてい雨になった。すぐに止む夕立のような雨のときもあったし、じめじめとしと降ることもある。
たとえ降らずとも、ひたひたと忍び来る湿り気を含んだ雨足のけだるい気配だけが、いつまでもどこまでも脳裡に焼き付いて離れない。
……いま、わたしが男装しているのは、あの御方……義兄、すなわち廃太子のもとから何者かによって拉致された長姉、渢姫の行方を探すためであった。
父、葛猛の厳命である。
もともとわたしは、物心ついた頃より、葛家伝承の剣技修得を義務づけられていた。それが帝国の丞相を務めてきた葛家の使命の一であって、姉は後宮に入り、妃となった姉を護るのが末妹の役割なのである。ちなみに、妃には三種あって、正確には姉は賓と慣例上呼ばれるのだが、煩雑になるので、たんに、妃としておこう。また、渢姫といえば、この帝国では姉一人を指す呼称といってよく、〈渢姫〉のままで叙述しておくのがより適切だとおもうが、〈渢妃〉と記す場合は舞台が後宮のときである。
葛王剣……と名づけられた神聖なる剣技の奥義修得は、初潮前の女人にしか為しえず、わたしは姉たちから離れて暮らし、父から直接に、ときには熟練の老剣士たちから入れ替わり立ち代り教え込まれた。
ここで断っておかねばならないことがある。
剣技は、体を鍛えるのが目的ではなく、また終着ではない。いくら鍛錬しても意味はないのだ。そこそこの基本だけを体得すればよく、最後は剣それ自身が、ふさわしき人物を選ぶのである。
……つまりは、葛王剣に選ばれなければ、葛王剣を遣いこなすことはできない。
さらに言えば、ひとたび選ばれれば、たとえわたしのように剣技に未熟であったとしても、剣それ自体が選んだわたしに驚くべき力を与え、剣と一体となって、常人の域を超えた技を身にまとうことができるのだった。
幸い、わたしは初潮前に葛王剣から新たな持ち主として選ばれた。
……このとき、その吉報を伝え聴いた王子、揚締様はわたしの剣さばきを見るため葛府をひそかに訪れた。〈府〉というのは、家、邸のことだ。主に高官の邸宅にのみ使う呼称で、職掌柄自邸内で職務をすることが多く、役宅という意味も併せ持つ。
小雨がぱらついていた。
けれども不快な音ではなく、むしろ爽やかで、なにやら貴人の訪のいを愛でているかのような、そんな雨だった。
……揚締様は、わたしの葛王剣を見に来られたというより、将来の賓たる長姉、渢姫と最初の密会(婚姻前の顔合わせのことを指す。蜜会ともいった)が主目的であった。そのことは重々承知していたものの、揚締様の風貌がわたしの視界を襲ったとき、からだの芯が打ち震えた。
それは一度も経験したことのない、そうして形容し難い悪寒と恍惚がないまぜ合わさった、奇妙で、あたたかみがあるのかないのかすら判別できない感情の束のなかにとらわれてしまった。
どちらかといえば。
揚締様の背丈はそれほど高くはない。首が異様に太く、その上に小さな顔がのっていた。そんなふうにわたしは感じたはずである。
やや左右にのびた細い眉毛と向かって左側の瞼は二重、右側は一重……これは高貴なる後嗣の兆であって、おそらく遠からず皇太子として勅任されるであろうことをこのときわたしは察した。
顎はややしゃくれ気味に上向きにあるのも、それは天を迎える吉姿というものであって、耳朶が人並みに大きいのも吉相にほかならない。人心を聴くことができる者こそ、すなわち帝位に就く必須条件であって、五王子の一人である揚締様は、事実、その翌年、立太子の儀をおえ、渢姫は妃の一人として後宮に入った。
そうして、揚締様と会ったその夜、わたしは初潮を迎えた。
……その日からすでに六年が経っていた……。
⚪
「鑛姫様、まもなく離宮ですが、砂嵐が襲ってきましょうぞ」
わたしは老侍士の遼齊と二人で廃太子、揚締様が幽閉されている離宮をめざしていた。
微砂が混じった横殴りの風が頬を叩くのは、道を急ぐわたしたちにとっては、むしろ幸先のよいことであった。
吹く風には、四種の色が含まれている。
叛。
昆。
癪。
玄。
いま、吹いているのは、おそらく癪の風であったろう。
すばやくそう判断し、わたしと遼翁の二人は、先刻通り過ぎたばかりの洞窟をめざしていた。いまのうちに引き返さなければやがて風に癪と叛の色が混ざって、暴れ砂となった天変のなかへ呑み込まれかねない。
砂塵が視界を遮らなければ、わたしの眼下には離宮がみえるはずであった。
……離宮とはいえ、かつてそこがこの杞游帝国の国都であった。
離宮の三辺を山々が覆っているが、峻険な山ではない。といってもとより人にやさしい山でもない。古代、この地は吉相の最たるものであって、杞游国、四百余年の歴史が刻まれている……。
遷都の後、幾分寂れてはいたものの、依然として副都としての機能は十二分に保持されていたようだ。
副都駐留軍最高司令、楊至元は、現皇帝の末弟にして、この帝国の実力者の一人である。そのような厳貴なる者をして離宮を守らしめている事実にこそ、この一帯に帝国にとっては放ち難い秘めたる理由が潜んでいたのであったろう……。
むろん、わたしはその詳細を知らない。
けれども、眼下に広がる軒並みを一望するだけで、隠潜せる秘力がこの離宮全域を覆い、護っていることは凡人にも容易に察せられるであろう。
すぐに砂塵に埋もれた視界のなかに、わたしは何を視ていたのか、いなかったのか……。
「ついに、きましたな……」
ふいに遼翁が感慨深げにつぶやいた。かれは葛家の家宰の一人であり、名だたる侍士であった。
この時代、名家に仕える剣士を、侍士と呼ぶ。尊称といっていい。
すでに葛王剣と強く結ばれているこのわたしには、おそらくは向かうところ敵なし……ともいえたのだろうけれど、父の配慮で遼翁がわたしに付き添ってくれることになった。もっとも翁自身、久方ぶりの旅を楽しみにも思っていたはずである。
ちなみに、遼翁が遣う剣は、遼海剣である……。
「や、鑛姫様……いや、主君、洞窟には先客がおりますぞ」
遼翁の表情が急変した。わたしを〈主君〉と呼ぶのは、第三者がそばに居るとき、男装しているわたしの正体を知られないための符牒のようなもので、おそらくはかれ自身が気を引き締める意味合いも含まれていたにちがいない。
「老僧か……」
思わずわたしも声色を変えて、窟内へ足を踏み入れた。
内には、老僧の一行が総勢七名いた。檀を組み、なかに小枝をいれ火をつけ鉄鍋を置いてある。張った水は、おそらく携えてきた革袋から注いだものであったろうか。
儀式用のものか、悪障を祓うものか、それは種類によって異なるらしいことは学んでいたけれど、そのどちらかは判じ難い。
「失礼いたす」
言ったのはわたしである。
剣士らしく、なにものにも動じない言動というものが求められている。その規則慣行に従うのも、また、偽装には必要なのだった。
「おお、剣士どのか……さ、こちらへ、奥へござそうらえ」
老僧の付き人のなかで年長者の修行僧が手招きしてわたしらを迎えてくれた。
僧、とは宗教家ではない……学僧のことを指す。官に仕えない学者、元吏士、文人、書人らの総称である。
網代笠に杖。丸ぐけの帯を締め、持っているのは頭陀袋と托鉢の必需品、鉄鉢一つ。
僧の特権として、家々を回って食糧や水、酒を無償で手に入れることができた。
鉄鉢は、公に支給された、いわば、通行手形を兼ねたものである。
僧は別称〈鉄鉢僧〉ともいった。
老僧の姿態は、まぎれもないその鉄鉢僧であって、同じ姿がもう二人いた。
一人はわたしに声をかけてきた僧で、もう一人は十、十一ばかりの小僧だ。
そして剣士が二人。
残りの二人は……顔が瓜二つの女。
「ひ、ひゃあ」
叫んだのは、遼翁である。
「ふ、渢姫様……」
「いや、待て」と、わたしが止めた。
長姉の渢姫と瓜ふたつ、そっくりだとしても、姉ではない。
わたしには分かる。
葛王剣を持しているわたしには、正邪、真偽の区別は容易につく。剣がわたしに与えてくれた異能の一種であるといっていい。
ところが。
〈渢姫〉と呼びかけた遼翁の声が、一行の剣士の耳に届いて、わたしの前に二人の剣士が両の手を拡げて佇んだ。
「あやしき奴らめ」
二人は剣の柄に手をかけたままわたしを一瞥し叫んだ。
「太子妃を存じおるとは………おまえたちは、妃を拉致した一味の片割れかっ!」
はて、とわたしは胸の中でおもった。
いまや渢姫は廃太子妃である。それをいまだ〈太子妃〉と呼ぶのは、それだけで相手の立ち位置というものがわかる。
いや早とちりということもある。それにあえておのが立場というものを煙に巻こうとしている謀略とも考えられる……。
「ほほう」
と、わたしは薄笑いを浮かべてみせた。
男装してから、こういう芝居めいた所作や言動が得意にすらなってきていた。
「……ことさら、廃太子妃をあがめているような物言いをするとは、これまた、いささか面妖だ……そちらのほうこそ、あやしきものと言わねばなるまい」
わざと大げさにわたしが言い放つと、シャキッと相手の剣がわたしの胸を撃ってきた。それを横から止めたのは、遼翁の遼海剣であった。
「おおっ、そ、その剣は……」
向き合う相手の二人が同時に声をあげた。
そのとき、洞窟の内へ突風が刺し込んできた。
砂が舞い、さながら炎が噴き出す黒煙のように拡がって洞窟の入り口を覆い包んだ。
風の色は、突如として〈叛〉に変わった。
あの御方の凛々しい姿が忽然と夢の中に浮かんだ翌朝は、たいてい雨になった。すぐに止む夕立のような雨のときもあったし、じめじめとしと降ることもある。
たとえ降らずとも、ひたひたと忍び来る湿り気を含んだ雨足のけだるい気配だけが、いつまでもどこまでも脳裡に焼き付いて離れない。
……いま、わたしが男装しているのは、あの御方……義兄、すなわち廃太子のもとから何者かによって拉致された長姉、渢姫の行方を探すためであった。
父、葛猛の厳命である。
もともとわたしは、物心ついた頃より、葛家伝承の剣技修得を義務づけられていた。それが帝国の丞相を務めてきた葛家の使命の一であって、姉は後宮に入り、妃となった姉を護るのが末妹の役割なのである。ちなみに、妃には三種あって、正確には姉は賓と慣例上呼ばれるのだが、煩雑になるので、たんに、妃としておこう。また、渢姫といえば、この帝国では姉一人を指す呼称といってよく、〈渢姫〉のままで叙述しておくのがより適切だとおもうが、〈渢妃〉と記す場合は舞台が後宮のときである。
葛王剣……と名づけられた神聖なる剣技の奥義修得は、初潮前の女人にしか為しえず、わたしは姉たちから離れて暮らし、父から直接に、ときには熟練の老剣士たちから入れ替わり立ち代り教え込まれた。
ここで断っておかねばならないことがある。
剣技は、体を鍛えるのが目的ではなく、また終着ではない。いくら鍛錬しても意味はないのだ。そこそこの基本だけを体得すればよく、最後は剣それ自身が、ふさわしき人物を選ぶのである。
……つまりは、葛王剣に選ばれなければ、葛王剣を遣いこなすことはできない。
さらに言えば、ひとたび選ばれれば、たとえわたしのように剣技に未熟であったとしても、剣それ自体が選んだわたしに驚くべき力を与え、剣と一体となって、常人の域を超えた技を身にまとうことができるのだった。
幸い、わたしは初潮前に葛王剣から新たな持ち主として選ばれた。
……このとき、その吉報を伝え聴いた王子、揚締様はわたしの剣さばきを見るため葛府をひそかに訪れた。〈府〉というのは、家、邸のことだ。主に高官の邸宅にのみ使う呼称で、職掌柄自邸内で職務をすることが多く、役宅という意味も併せ持つ。
小雨がぱらついていた。
けれども不快な音ではなく、むしろ爽やかで、なにやら貴人の訪のいを愛でているかのような、そんな雨だった。
……揚締様は、わたしの葛王剣を見に来られたというより、将来の賓たる長姉、渢姫と最初の密会(婚姻前の顔合わせのことを指す。蜜会ともいった)が主目的であった。そのことは重々承知していたものの、揚締様の風貌がわたしの視界を襲ったとき、からだの芯が打ち震えた。
それは一度も経験したことのない、そうして形容し難い悪寒と恍惚がないまぜ合わさった、奇妙で、あたたかみがあるのかないのかすら判別できない感情の束のなかにとらわれてしまった。
どちらかといえば。
揚締様の背丈はそれほど高くはない。首が異様に太く、その上に小さな顔がのっていた。そんなふうにわたしは感じたはずである。
やや左右にのびた細い眉毛と向かって左側の瞼は二重、右側は一重……これは高貴なる後嗣の兆であって、おそらく遠からず皇太子として勅任されるであろうことをこのときわたしは察した。
顎はややしゃくれ気味に上向きにあるのも、それは天を迎える吉姿というものであって、耳朶が人並みに大きいのも吉相にほかならない。人心を聴くことができる者こそ、すなわち帝位に就く必須条件であって、五王子の一人である揚締様は、事実、その翌年、立太子の儀をおえ、渢姫は妃の一人として後宮に入った。
そうして、揚締様と会ったその夜、わたしは初潮を迎えた。
……その日からすでに六年が経っていた……。
⚪
「鑛姫様、まもなく離宮ですが、砂嵐が襲ってきましょうぞ」
わたしは老侍士の遼齊と二人で廃太子、揚締様が幽閉されている離宮をめざしていた。
微砂が混じった横殴りの風が頬を叩くのは、道を急ぐわたしたちにとっては、むしろ幸先のよいことであった。
吹く風には、四種の色が含まれている。
叛。
昆。
癪。
玄。
いま、吹いているのは、おそらく癪の風であったろう。
すばやくそう判断し、わたしと遼翁の二人は、先刻通り過ぎたばかりの洞窟をめざしていた。いまのうちに引き返さなければやがて風に癪と叛の色が混ざって、暴れ砂となった天変のなかへ呑み込まれかねない。
砂塵が視界を遮らなければ、わたしの眼下には離宮がみえるはずであった。
……離宮とはいえ、かつてそこがこの杞游帝国の国都であった。
離宮の三辺を山々が覆っているが、峻険な山ではない。といってもとより人にやさしい山でもない。古代、この地は吉相の最たるものであって、杞游国、四百余年の歴史が刻まれている……。
遷都の後、幾分寂れてはいたものの、依然として副都としての機能は十二分に保持されていたようだ。
副都駐留軍最高司令、楊至元は、現皇帝の末弟にして、この帝国の実力者の一人である。そのような厳貴なる者をして離宮を守らしめている事実にこそ、この一帯に帝国にとっては放ち難い秘めたる理由が潜んでいたのであったろう……。
むろん、わたしはその詳細を知らない。
けれども、眼下に広がる軒並みを一望するだけで、隠潜せる秘力がこの離宮全域を覆い、護っていることは凡人にも容易に察せられるであろう。
すぐに砂塵に埋もれた視界のなかに、わたしは何を視ていたのか、いなかったのか……。
「ついに、きましたな……」
ふいに遼翁が感慨深げにつぶやいた。かれは葛家の家宰の一人であり、名だたる侍士であった。
この時代、名家に仕える剣士を、侍士と呼ぶ。尊称といっていい。
すでに葛王剣と強く結ばれているこのわたしには、おそらくは向かうところ敵なし……ともいえたのだろうけれど、父の配慮で遼翁がわたしに付き添ってくれることになった。もっとも翁自身、久方ぶりの旅を楽しみにも思っていたはずである。
ちなみに、遼翁が遣う剣は、遼海剣である……。
「や、鑛姫様……いや、主君、洞窟には先客がおりますぞ」
遼翁の表情が急変した。わたしを〈主君〉と呼ぶのは、第三者がそばに居るとき、男装しているわたしの正体を知られないための符牒のようなもので、おそらくはかれ自身が気を引き締める意味合いも含まれていたにちがいない。
「老僧か……」
思わずわたしも声色を変えて、窟内へ足を踏み入れた。
内には、老僧の一行が総勢七名いた。檀を組み、なかに小枝をいれ火をつけ鉄鍋を置いてある。張った水は、おそらく携えてきた革袋から注いだものであったろうか。
儀式用のものか、悪障を祓うものか、それは種類によって異なるらしいことは学んでいたけれど、そのどちらかは判じ難い。
「失礼いたす」
言ったのはわたしである。
剣士らしく、なにものにも動じない言動というものが求められている。その規則慣行に従うのも、また、偽装には必要なのだった。
「おお、剣士どのか……さ、こちらへ、奥へござそうらえ」
老僧の付き人のなかで年長者の修行僧が手招きしてわたしらを迎えてくれた。
僧、とは宗教家ではない……学僧のことを指す。官に仕えない学者、元吏士、文人、書人らの総称である。
網代笠に杖。丸ぐけの帯を締め、持っているのは頭陀袋と托鉢の必需品、鉄鉢一つ。
僧の特権として、家々を回って食糧や水、酒を無償で手に入れることができた。
鉄鉢は、公に支給された、いわば、通行手形を兼ねたものである。
僧は別称〈鉄鉢僧〉ともいった。
老僧の姿態は、まぎれもないその鉄鉢僧であって、同じ姿がもう二人いた。
一人はわたしに声をかけてきた僧で、もう一人は十、十一ばかりの小僧だ。
そして剣士が二人。
残りの二人は……顔が瓜二つの女。
「ひ、ひゃあ」
叫んだのは、遼翁である。
「ふ、渢姫様……」
「いや、待て」と、わたしが止めた。
長姉の渢姫と瓜ふたつ、そっくりだとしても、姉ではない。
わたしには分かる。
葛王剣を持しているわたしには、正邪、真偽の区別は容易につく。剣がわたしに与えてくれた異能の一種であるといっていい。
ところが。
〈渢姫〉と呼びかけた遼翁の声が、一行の剣士の耳に届いて、わたしの前に二人の剣士が両の手を拡げて佇んだ。
「あやしき奴らめ」
二人は剣の柄に手をかけたままわたしを一瞥し叫んだ。
「太子妃を存じおるとは………おまえたちは、妃を拉致した一味の片割れかっ!」
はて、とわたしは胸の中でおもった。
いまや渢姫は廃太子妃である。それをいまだ〈太子妃〉と呼ぶのは、それだけで相手の立ち位置というものがわかる。
いや早とちりということもある。それにあえておのが立場というものを煙に巻こうとしている謀略とも考えられる……。
「ほほう」
と、わたしは薄笑いを浮かべてみせた。
男装してから、こういう芝居めいた所作や言動が得意にすらなってきていた。
「……ことさら、廃太子妃をあがめているような物言いをするとは、これまた、いささか面妖だ……そちらのほうこそ、あやしきものと言わねばなるまい」
わざと大げさにわたしが言い放つと、シャキッと相手の剣がわたしの胸を撃ってきた。それを横から止めたのは、遼翁の遼海剣であった。
「おおっ、そ、その剣は……」
向き合う相手の二人が同時に声をあげた。
そのとき、洞窟の内へ突風が刺し込んできた。
砂が舞い、さながら炎が噴き出す黒煙のように拡がって洞窟の入り口を覆い包んだ。
風の色は、突如として〈叛〉に変わった。