菅原隆史(すがわらたかし)様」
その手紙には、クリーム色の封筒に、宛名だけが書かれていた。宛名以外に、住所は書かれていない。切手もない。

「なんだ、これ」
大学進学にあたり東京で一人暮らしを初めて5ヶ月。夏休みに入り、やっと一人暮らしにも慣れてきた。
自炊、洗濯、掃除、今まで全て親に任せていたことを一人でやらなければならなくなり、なんとなく要領は掴んできたつもりだ。
が、こんなの聞いていない。

自分宛でない手紙を、どう処理したらいいのか?

僕、加藤健太(かとうけんた)の脳内に、その答えはなかった。
ふだん、ポストに入っている雑多な広告・チラシ類は全てゴミ箱に捨てる。持っていても使うことなんかないし。
だけど、手紙。
なんとなく捨てられない。捨てるのが忍びない。
「……」
303号室のポストから抜いたもののうち、手紙だけを抜いて他のチラシは共用ゴミ箱に捨てる。「毎週火曜は特売デー!」という赤文字がちらりと見えた。

部屋まで上がって、クリーム色の封筒を眺める。

「菅原隆史」

宛名に書かれた名前はおそらく、自分がこのマンションに引っ越してくる前にこの部屋に住んでいた人なんだろうと思う。
筆ペンで書かれたその字がやけに綺麗で、手紙を眺めては、差し出し人のことを考えた。

完全に憶測だが、手紙の主は女性じゃないだろうか。だって、男でこんなに綺麗な字を書く人あまり会ったことがない。それに、男が男に手紙を書くというのも、偏見だがレアケースだと思う。うん、きっと送り主は女の子。
始まると止まらない妄想劇場が、脳内を刺激しまくった。
しかし、どれだけ妄想しても、手紙が「菅原隆史」宛に書かれたものだということしか分からない。さすがに、中を開けるのは気が引けた。自分が差出人だったら恥ずかしすぎる。

行き場のない手紙、とりあえず本棚の上に置いておくことにした。