だが、斎はそうは受け取っていなかった。

「きっと登華殿のどなたかが――。あ、いえあの糞尿の量からしてきっと皆様が、腹を下して伏せっておられるのではないかと……!」
「は?」
「だ、だってその証拠に……っ! お訪ねしたところ『今日は具合が悪いので会えません』と言われてしまったんです!」
「…………」

 あまりに性善説が過ぎるだろうよ、と頭弁は言葉をなくした。

「お前はその大量の糞尿をどうしたんだ」
「もっ、もちろんこの斎が内密に、きちんときれいに掃除してございます! 寺にいた頃は毎朝廊下を磨くのが日課でしたので、掃除は得意なんです! で、でも……」

 たったひとりで始末するなんて相変わらず根性だけはあるな、と頭弁が少しだけ感心して聞いていると。うつむく斎の目から、ぽろりとひとつ涙がこぼれた。

「腹を下して廊下で粗相してしまっただなんて、女人の名誉に関わりましょう。き、きっと登華殿の皆様は、腹の痛みだけでなく恥辱に震えて苦しんでいらっしゃるのではないかと……。うう、あ、あまりにも、お可哀想で……!」

 話しているうちに感情が高ぶったのか、おいおいと泣き出してしまう。そのうち鼻水まで垂らしだしたので、頭弁は鼻紙代わりに書き損じの書類を一枚差し出した。

「つまりお前は、登華殿の女御どのに薬を差し入れたかったのか。わざわざ自分が腹を下したなどと嘘をついて」
「申し訳、ございばぜん……。でも、女御ざまはぎっど、誰にも知られたくないだろうとおぼっだので……」

 そりゃあ知られたくはないだろうよ、と頭弁は心の中でつっこんだ。
 登華殿の女御もまさかこんな形で明るみに出るとは思わなかったのではないか。普通の貴族の女なら、こんな下品な嫌がらせを受けたら卒倒するか、そもそも糞尿などと汚らわしい言葉を口に出すことすら出来ず黙って涙を呑むだけだろう。
 ずびずびと遠慮なく鼻をすする斎を尻目に、頭弁は素早く対処を算段する。

「わかった。それは大事だったな。しかし集団で腹を下したとなると、医師に診せぬわけにはいかぬだろう。この件は私が預かるから、お前はもう下がりなさい」


 そして後日。

「あの女に目に物見せてやったわ」などと盛り上がっている登華殿に、花琉帝から立派な蒔絵の箱が贈られてきた。その中に入っていたのは――大量の腹下しの薬。
 これはつまり、「お前のやったことは把握している」という帝からの無言の通告である。恐れおののいた登華殿の女御は、心労で本当に寝付いてしまった。時を同じくして女御の実家に、宮中から「女御が病の床にある」という知らせが届く。

 こうして、登華殿の女御は「流行り病の疑い有り」ということでそのまま宿下がりをさせられ、後宮から姿を消してしまった。