庭を見下ろす紫宸殿の屋根の上で、一羽の雀が高らかに鳴いた。

「勝負の三番は弓競べです。方法は“近寄せ”。ひとつの的にそれぞれが一本ずつ矢を射て、より中心に近い箇所を射貫いた方の勝ちとします」

 頭弁の説明の通り、庭の北側には大きな的がひとつ置かれていた。そこから七、八丈離れた南の向かいに一本の錦の紐が敷かれている。ここから射るべし、という目印だ。

「先攻は西の方、蔵人少将の斎」
「はい!」

 凜と声を張り、斎が進み出る。身の丈よりも大きな弓を担いで、まっすぐ前方の的を見た。その表情に恐れや迷いはなく、立姿は清廉な美しさに満ちている。
 この時になると、観衆のほとんどは複雑な思いで斎を見守っていた。帝を想うがゆえに私心を捨て、ひたむきに勝負に向き合う少女。できれば純粋にその勝利を応援してやりたい。だが彼女が勝てば、帝が娶るのは左大臣の姫である。

 皆が皆、心のどこかで思い始めていた。
 真に花琉帝の中宮にふさわしいのは、後の国母となるべきなのは、まさにこの少女なのではないか――と。

 当たれ。外れろ。当たれ。外れろ。

 全員が相反する思いでその一射を見守った。
 斎は背の平胡籙から矢を一本引き抜くと、落ち着いた手つきで(つが)える。ふー、と全身が上下し、腹の底から呼吸をしたのがわかった。弦の張り詰める音が沈黙を支配し、やがて力一杯引き絞った右手から、ふ、と軽やかに矢が離れる。
 すぐにズドン、と重たい音がした。的がわずかに震え、風が凪ぐ。ほとんど直線に飛んだ矢は見事、深々と的に突き刺さっていた。

「(なんと、これは……!)」

 その場にいた全員が驚嘆に息を呑んだ。左大臣は感心のあまり手からぽろりと扇を落とした。
 なんと――斎の放った矢は、的の正中も正中、これ以上ないくらいのど真ん中を射貫いていたのだ。

 あまりに素晴らしい、奇跡のような一射だった。観衆はその見事さに一瞬高揚して、すぐに一様に失望する。
 これで斎の勝ちは確定した。先攻の矢がど真ん中に刺さっている以上、後攻の帝がこれ以上に中心を射ることはできない。

 ――つまり、この少女は帝の妻とはなれない。