(並居る公卿らの反対を押し切ってでも、必ず手に入れる。“枸橘の君”を)


 これは公卿への――いや、(ふる)き慣習へ対する宣戦布告。どんな手を使っても必ず斎を妻にするという、花琉帝の並々ならぬ決意を表明する歌だった。
 
 びりびりと、ひりつくような帝の熱情をその場の誰もが感じ取っていた。ただ壇上の斎だけが、意味がわからないようで「ん?」と首をひねっている。

「――では! 判者のお三方は東西どちらの勝ちとされるかお述べください」

 一向に観客のどよめきが収束する気配がないので、頭弁は強引に勝負に幕を引こうと声をあげた。続けて「お静かに!」と強面の頭中将(とうのちゅうじょう)が一喝したことで、ようやく引き波のようにざわめきが消えてゆく。

 いよいよ判定の時。だが、ここへ来て判者である三大臣は困ってしまっていた。

 歌の巧拙は明らかに花琉帝に分がある。しかしここで帝の歌を勝ちとしてしまうと、帝の「棘の路(公卿)を踏み分けてでも」という宣言を受け入れたと――あるいはそもそも歌意を理解できていないと思われてしまうのではないかと。
 悩ましいのは左大臣とて同じこと。立場としては斎を勝たせたいが、斎の勝ちを判じれば「私には和歌の良し悪しがわかりません」と言っているようなものだ。

 三者は互いに顔を見合わせてしばし沈黙する。場に一陣の風が吹き、後涼殿の呉竹がさわさわと揺れた。
 すると少ししてから急に、これまで一言も発さなかった花琉帝が笑いだした。

「ハハハハハ、いや〜、まいった。敵わないね」

 笑顔を袖の下に隠しきれず、といった調子で豪快に笑っている。大臣達も観客もただあっけに取られて、しばらくひとり声を立てる帝をぽかんと見ていた。

「うん。まいった。この勝負、私の負けだ」
「……は?」

 突然の敗北宣言に、舞台の下に控えていた頭弁も思わず聞き返す。

「そうか枸橘の実は(うま)き色かぁ……ふふ。こんなに可愛らしい歌がこれまであったかい? とにかく、この勝負は私の負けだよ」

 からからと快活に笑って、「ね」と袖の陰から目配せする。何がなんだかわからないが、頭弁はただ頷くしかなかった。

「帝御自ら敗北を宣言されたので……。い、一番勝負は――西の方、蔵人少将斎どのの勝ち」

 わああという歓声と、なぜだ? という驚きの声があちらこちらから同時に上がった。
「必ず枸橘の君を手に入れる」と宣言しておきながら、あっさり勝ちを譲ってしまう帝の意図を誰も計りきれず。それでも頭弁は、主を慮って西の方の勝利を宣言した。

「みっ、帝が御自ら負けを認められるとあらば、我らが判じるまでもありませんのう!」
「うむうむ。何はともあれ勝ちは勝ちじゃ! ようやったぞ蔵人少将!」

 大臣達はほっとしたように胸を撫で下ろす。斎は相変わらずよくわかっていないようできょとんとしていた。


 こうして、一番目の歌競べは斎の勝利と決まった。