次にその均衡を崩したのは、他ならぬ帝だった。

「……まったく。お前は本当に頑固だね、昔から」

 張り詰めた空気を和ませるように大きな息を吐き、どすんとその場にあぐらをかいた。途端にそれまでの物々しさは鳴りを潜めて、そこにいるのはただ、いつもの穏やかな笑みを湛えた花琉帝である。
 斎も釣られてわずかに全身の緊張を緩めた。ひりついた空気からようやく解放されて、頭弁もほっと胸を撫で下ろす。

「は、はい。斎は、諦めの悪いおのこにございますので――」
(セイ)

 いつき、ではなく“セイ”と。なつかしい名で呼ばれて、斎は目を見開いた。

(セイ)、私と勝負をしようじゃないか。もしお前が私との勝負に勝ったなら、お前の言うことを聞こう」

 突然の帝の提案に、斎も頭弁も虚を衝かれる。

「勝負……でございますか」
「ああ。だが私が勝ったなら、私の言うことをお前が聞く」

「どうだい?」と挑戦的に微笑まれて。単純な斎は反射的に売り言葉に買い言葉で返した。

「わっ、私はどのような勝負であろうと、相手がどこのどなたであろうと逃げも隠れもいたしませぬ!」

 あーあ、上手いこと乗せられているな、と頭弁は思った。もちろん帝が何を企んでいるかまでは彼にもわからないが。
 対する帝は「そうこなくては」と笑って手元の檜扇を開いてみせる。そして改めて斎に尋ねた。

「お前の望みをもう一度言ってみなさい」
「は、はい。左のおとどの末姫さまを娶り……中宮をお立てすることにございます」
「なるほどわかった。では私の望みを言おう。もしも私がお前に勝ったなら――」

 ぱちん、と開いたばかりの扇を叩いて閉じて。帝は雄々しく片膝を立てると、御簾の間際まで身を乗り出した。


「――(セイ)、お前は女に戻り、私の妻になりなさい」