斎は没落した中流貴族の娘だ。
 両親が亡くなり親戚中をたらい回しにされて、最後に行き着いたのが出家した祖父のいる寺だった。寺は本来女人禁制だが、祖父も行き場のない孫を哀れんだのだろう。童の頃は男とも女とも取れる尼削ぎ姿で過ごして世間の目を逃れていた。           
 しかしその生活は永遠には続かなかっただろう。五年前に花琉帝が連れ出していなければ、今頃は尼寺に放り込まれていたに違いない。

 そのような身分も後ろ盾もない娘を妃として後宮に迎えることなど、本来は不可能だ。だが、帝は決して斎を諦めはしないだろう。彼にとってこの世の唯一の執着。彼を“天孫たる花琉帝”ではなく“(ただ)の人”たらしめるもの――それこそが斎なのだから。

「春宮派に追いやられてあなたが寺へと逃れた時、私はなんの力もないただの子供でした。あの時ほど自分の無力を呪った事はない」

 頭弁はうつむきがちのままつぶやく。

「ですからこの先は……たとえどんなことであろうと、あなたのお力になるのだと心に決めています」
「そうか。それは心強いね」

 落ち着いた中にも確かな決意が込められた臣下の言葉に、花琉帝はいつものように穏やかな顔で微笑んだ。

 ひと目その姿を拝した者は、口を揃えて「輝く美貌の帝だ」と言う。彼はいつだって、口元に美しい微笑を湛えている。だが乳兄弟である頭弁さえ、彼が心の底から笑っているのを見たことがない。
 ――斎の前以外では。