「そうなのか? でもまだ提出期限二週間も残ってるんだ。なにもそんなに急いで提出しなくてもいいんだぞ」
「僕、急いで提出したつもりはないのでほんとに心配いりませんよ」
「いや、うん。進路が決まってることはいいと思うんだが……」

 前原(まえはら)先生の気遣いは、とても感謝している。一人一人の生徒のことをしっかり見て性格や考えを把握して、いつも親身になってくれると生徒からの評判はかなり良い。

「自分の将来のことなんだ。もっと二週間悩んでくれて構わないんだ」

 だが、それとこれとは別問題で。

「十分悩みましたよ」

 ーーもう、ずっと前から。高校に入る前、中学生になってから。いやいやもっと前。もしかしたら僕が、浜野家に生まれたその日から。

「でも僕の人生は、ずっとずっと前から決まってましたから」

 僕が僕の未来を決めることは叶わなかった。

 そしてそれを自覚した日から僕は諦めることを覚えて、流される方が楽だという蘇生術を覚えた。
 〝できるかもしれない〟とか〝挑戦してみたい〟とか思わなくなった。期待をしなければ、それを裏切られることはないし自分の感情を保つことができる。

「決まってたって、その進路は浜野の意思じゃないのか?」

 いつもなら簡単に答えられていた。
それは〝僕の意思〟だと。そうすればそれ以上話を深掘りされることはないし、僕の心に踏み込んでこないと知っていたから。

「えっと、それは」

 けれど、今回初めて言葉に詰まった。今まで見てみぬふりをしていたかのように、のどの奥に〝小さな違和感〟を感じた。

「浜野の人生は浜野が決めていいんだぞ?」

 ーー僕が決めていい。

   先生たちはそう言うけれど、僕に選択権なんかない。あってもないようなものだ。
僕がやりたいことがあるから、と言ったところでそれが通用するわけでもないし話を聞いてもらえるわけでもない。
それを理解しているからこそ口をつぐむのだ。

 だから僕は、もう一度言った。

〝これで大丈夫です〟と。

 それ以外の言葉は持ち合わせていないかのように、言い訳なんかせずにひたすら先生が諦めてくれるのを待った。