「明日からこの周辺のチェックをしよう」
「まだお家建てないんけ?」

 焚火を囲み、夕食を摂りながらクイと話す。

「ここは位置的にもいいと思うよ。けど実は草原モンスターの縄張りだったとか、肉食獣の縄張りだったとかだと、あとあと面倒だろ?」
「悪いモンスター、オレやっつけるぞ任せとけ!」

 そう言ってクイはバンザイポーズで立ち上がる。
 いや、自分のランクを把握しような?
 君は10ランクある中で、一番下のHランクだからね?

「ラル兄ぃのバフ、オレ強くなる!」
「いやクイ……前にも教えただろ? 俺、もうバッファーじゃないんだ」

 長い首を傾げる姿は、ちょっと可愛い。
 体に対して小さな頭を撫でてやると、クイはぽすんっと座ってこちらをじっと見つめた。

「四天王のひとり、呪詛師デロリアに呪いを掛けられたって」
「……治せないんけ?」
「マリアンナにも解除できなかったんだ」
「じゃーダメだ」

 他人事だと思ってあっさり言うな。
 分かってるよ、ダメだってことは。

「ラル兄ぃ、どんな呪い?」
「魔法の効果が反転する呪い。お前、祝賀祭の時に話しただろう」
「オレ、美味しいものいっぱい食べるのに忙しかった!」

 要は聞いていないってことか。
 呑気な奴で羨ましいよ。

「つまりな、肉体強化の魔法を使えば、肉体弱体化効果になる。速度上昇を掛ければ、鈍化になるって具合にね」
「え、オレよわよわになるの?」
「そういうこと。だからもうお前を強化してやれないんだ。ごめんな」
「ラル兄ぃ……いいよ。オレ、頑張ってラル兄ぃの魔法なくても戦えるようになるけん」

 こいつ……たまにこう、健気なこと言うんだよ。

 クイは本来、体長2メートルほどに成長するアグイというモンスター。
 けどクイはこれ以上大きくならない。
 ランクの低いモンスターは、だいたい五年で体が成長しきってしまう。

 クイをテイムしたのは六年前。勇者パーティーに入るよりも前だ。
 その時から、クイの大きさは変わらない。

 小さいクイは仲間から見捨てられ、他のモンスターに襲われているところを俺が見つけてテイムしたんだ。
 何故小さいのかは分からない。
 
 けど、こいつは小さくても必死に俺を守ろうとしてくれる。
 だから俺もこいつにいつもバフっていた。

 もう、クイを支援してやることも出来ないのか、俺は。

「そうだな。一緒に強くなろう。俺も攻撃魔法の火力を上げる努力をしないとなぁ」
「あのゴミ魔法をけ?」
「ゴミ言うな。まぁ攻撃魔法はさ、属性効果が反転するようになってたんだ。けど攻撃魔法であることに変わりはないからね」

 反転する属性を把握さえしておけば、そう困ることもない。
 自分やクイをバフって強化できないなら、バフ以外の手段で強化すればいい。

 いや、俺は何かを忘れている気がする。

「ラル兄ぃ」
「ん、ちょっと待ってくれなクイ。なーんか忘れてる気がするんだよ」
「ラル兄ぃ。魔法で弱体化するバフなら、それを悪いモンスターに掛ければ激弱になるんか?」

 そ
 れ
 だ
 !

「そうだよクイ! 俺の魔法がデバフになったのなら、それを悪いモンスター相手に使えばいいんだよ!」

 向こうを弱体化させれば、俺やクイが殴ってもなんとかなる!

 か、かもしれない?





 翌朝。朝食を終えてから、クイと散策に出た。
 ついでに水汲みもしておく。
 更についでに、川の周辺に集まる獣やモンスターに、どんな種類がいるのかもチェックだ。

「クイ、見えるか?」
「見えるで~」

 クイを肩車してやり、深い茂みからこっそりその頭を出してやる。
 彼には鑑定魔法を覚えさせた。まぁ教えたのは俺じゃなく、リリアンだけど。

 クイの視力は人間の何倍もある。偵察役にはうってつけだ。

「あっちに──ブラックキックバード五個~」
「五羽、もしくは五頭な」
「その向こうに草原ボアの家族ぅ~」
「はい、食肉確定!」

 ブラックキックバードの見た目は、世界最大の飛べない鳥をもう少し大きくした感じだ。
 その肉はとても硬く、食べられたものじゃない。
 対して草原ボアは肉としての旨味ももちろん、肉も柔らかく、食用として重宝されている。
 ただし臭みがあるので、下処理がとても大事だ。

 他にも草原ウルフや、動物の狼、野兎に野ネズミ、そのモンスターバージョンもちらほら見かける。
 
「一番強そうなのはEランクのブラックキックバードか」
「オレがやっつけるで!」

 やっつけられるのは君だからやめておこうね。

 けど試しておかなければならない。
 とりあえず──

「クイ、あれを倒すぞ」
「任せろ! あれ──……キックラビ?」

 キックラビ──キック力に優れた兎。ランクはクイより一つ上のGランクだ。
 クイは不満そうだけど、俺たちの基礎身体能力で言うと、こいつでもまともに蹴られたら痛いじゃ済まないんだよ!

「文句言わずに、やるぞ。まずは俺がキックラビにバフるから、そしたらお前は爪で切り裂くんだ」
「オレにはバフくれないんけ?」
「だから俺のバフは、今やデバフになってるんだって」
「あ、そっか。じゃあオレ待ってるぅ~」

 よ、よし。
 あの時と違って勇者アレスもここにはいない。
 俺とクイだけで、どこまでやれるか……さぁ、始めようか。