「ねぇラル……これ全部……並べるの?」
「ひぃぃぃぃ。本ばっかり、本ばっかりぃぃぃ」
マリンローの宿に順番に泊っていたら、二、三日で完成するはずだった家は、結局一週間も掛った。
明日は新しい年が明ける。今日中に荷物を片付けたい。
「そのつもり……だけど、無理っぽい?」
収納袋から持って来た本を全部取り出し、種類ごとに山積みにしてある。
ティーとリキュリアが本を並べるのを手伝ってくれているのだけれど……三割ほど並べた時点でリキュリアに指摘されて気づいた。
うん。
本棚足りない。
「どうしようかなぁ……全部並べたかったのになぁ」
「ラル兄ぃ、オレ穴掘るか?」
「穴……そうか! クイ、この前掘ってくれた穴の隣に、もう一部屋分頼む」
「ふっ。任せろ、兄ぃ」
この一週間の間に、クイは地下室を掘ってくれた。
陥没してはいけないので、地質はしっかり調べて貰って、少し深い位置に彫って貰っている。
だいたい地面から五メートルぐらい下だ。
入りきらない本は地下室に置こう。
「ダンダさんに追加の本棚を頼んでこようっと」
「じゃあ、じゃあ! ご飯にしようよ!」
「ご飯……お、ちょうどお腹空いたみたいだ」
「え、急になの?」
「わーい、ご飯ご飯~」
ティーが鼻歌交じりでリビングへと向かう。
並べている途中だった本を書斎に置いた大きめの机の上に置き、リキュリアと部屋を出た。
「いやぁ、何かに夢中になってると忘れてしまうんだよね。で、ご飯って言われた瞬間に思い出してお腹空くんだ」
「もしかして……ラルって一日ずっと本を読んでいて何も食べないってこと……」
「あぁ、うん。わりとしょっちゅうあったね」
「ダメよ! ちゃんと食べなきゃダメなんだから!!」
一日食べなかったぐらいじゃ、死んだりしないし、そんな心配することでもないのになぁ。
「ダンダさん、クイに地下室をまた掘って貰っているんで、出来上がったら本棚をまた追加でお願いします」
「はぁ? まだいるのか!?」
「はい」
にっこり笑って答えると、ダンダさんはげんなりした表情になる。
まだたったの二十二棚じゃないか。
施設の書庫なんて何千もの棚が、ずらぁぁぁぁぁっと並んでいたんだぞ。それを思えば、たった二十二だよ。
追加する分も、恐らく十もいらないだろう。
あ、机と椅子も頼まなきゃな。
「ダンダさん、机と──」
「産気づいた!!」
「そう、産気も一緒にお願いしま──ん?」
玄関の扉がバーンっと開かれ、オグマさんが血相を変えてやってきた。
産気……産気ええぇぇ!
ラ、ラナさんの出産が始まる!?
「シー、直ぐに行ってやってくれ。必要なものは?」
「お湯を沸かしてください。あと洗ったシーツを──ティー、あっちのタンスの一番上にシーツを入れてるから」
「わわ、わわ、わ、わ、わかっ」
「分かりました。シーツはあたしが持って行くわ」
ティーは完全にてんぱってしまっているが、リキュリアは冷静だ。
いや、冷静にならなきゃって思っているのだろう。なんせ彼女の甥か姪が生まれるのだから。
生まれる。
ついに生まれるんだ、新しい命が!
こんな時、男って何もできないんだな。
俺とアーゼさん、ダンダさんの三人は、完成したばかりの家でただじぃーっと待っているだけだ。
さすがにオグマさんはラナさんの傍にいるけれど。
「まだ……ですかねぇ」
「まだ三十分も経っていない。初産なら時間がかかるというし」
「お前さんの奥さん時はどうだったんだ?」
「半日掛った」
そ、そんなに掛かるのか。大変だなぁ。
だけどこうしてじっと待つだけっていうのも辛い。
「そ、そうだ。食事の支度もまだだったし、何か作りませんか? 女性陣が頑張ってますし、温めればすぐに食べれるような簡単なものでも」
「うむ、そうじゃな。シチューがいいじゃろうて」
「では瓶からミルクを持ってこよう」
家庭菜園なみの畑はあるけれど、まだどれも収穫できる状態ではない。
肉以外は二週に一度のマリンローでの買い物で仕入れてきたものばかりだ。
この季節なので傷むのも遅いからいいが、次の夏には自給自足できるようになっていたいな。
そんなことを思いながら野菜の皮をむき、ストーブにかけた鍋に入れて軽く炒める。
炒めたら小麦を入れて一度野菜と絡ませ、それから水とミルクを足して焦がさないようかきませながら煮込んでいく。
あとは香辛料で味をみながら……
「どうですかね?」
「うむ……大味じゃが、まぁ悪くない」
「普通だ、心配ない」
それは褒めているのかいないのか、どっちですかね?
「作ったのはいいけれど、俺たちだけ食べてしまうのも申し訳ない気がしますね」
「う、うむ……もう少し待つかの」
シーさんの出産は半日掛ったと言っていた。
このまま半日近く、シチューをお預けになるのだろうか……。
「あ、書斎の片付けしてきますね」
「で、では手伝おう」
「わしも低い段なら手伝えるぞい」
そう言って書斎に向かおうとした時だ。
「ほぎゃあ」
窓の外から聞こえてきたのは、この地で初めてとなる命の産声だった。
「う、生まれた!?」
「生まれたのか!?」
「生まれたようだ!」
俺たちは急いで外に出て、しかし隣の家に入ることが出来ずに立ち止まる。
だってなんとなく、出産って男が立ち入ってはいけないような、そんな神聖な儀式のように思えるから。
いいのは夫だけ。
それで、家の前でうろうろしていると扉が開いて、
「もう、そんなにうろうろするならノックぐらいなさったらよろしいのに」
苦笑いを浮かべたシーさんが出てきた。
「そ、それでシー。男の子か? 女の子か?」
「それは……あら、オグマさん」
アーゼさんが興奮したように尋ねると、シーさんの後ろからオグマさんが現れた。
その腕には真っ白なシーツを抱きかかえている。
「みんな、俺の子だ」
「オグマよ、よかったのぉ」
「おめでとう、オグマ。それで?」
「あぁ、女の子だ。元気な女の子が生まれた」
女の子──そう聞いて、アーゼさんの瞳に大粒の涙が浮かぶ。
彼にも娘がいた。
村を救うために、カオス・リザードの生贄にされた娘さんが。
「そうか。女の子か……大丈夫だ。大丈夫。きっとすくすく成長するだろう。そうだ、名前はどうするのだ?」
アーゼさんがそう尋ねると、オグマさんが俺を見た。
いや、まさかね。まさかだよね?
「名前はラル、君につけて欲しい」
「お、俺!? いや、何故ですか?」
「君に出会えていなければ、今頃俺たちは野垂れ死んでいたかもしれない。命の恩人に、名付け親になって欲しいのだ」
「いやいや、それを言うなたアーゼさんでしょう! 彼がオグマさんたちを助けに入ったんだから」
「だが俺はやはり君に出会えていなければ、むしろ蜥蜴人の集落も奴に襲われ全滅していたかもしれないんだ」
だから俺なんだと、全員が俺を見た。
な、名前なんて……俺そういうセンスは……ん?
「あぁ、寒いと思ったら……雪だ」
「雪? あら、本当だわ。さ、赤ちゃんが冷えるといけないから、中へ入りましょう」
シーさんがオグマさんを促した時、ふと……赤ん坊の手が動いた気がした。
まるで空から落ちてくる雪を、その手で掴もうとしているかのように。
「スノウ……なんの捻りもないかもしれないけど、女の子の名前としては悪くないかなって……思った……んですけど。どうでしょう?」
俺がそう言うと、オグマさんは赤ん坊を見つめ、それから空を見た。
「初雪の日に生まれた……俺の子、スノウ……ありがとうラル。ありがとうございます」
「そ、そんなに畏まられると、ちょっと恥ずかしいのだけれど」
「ふふ。でも可愛らしい名前だと思いま──うっ」
「う? って、シーさん!? どど、どうしたんですかっ」
「シー!?」
それは突然だった。
突然シーさんの体がよろけ、そのまま蹲ってしまったのだ。
「そ、そうだ回復リング! シーさん、直ぐにヒールを──」
「い、いえ、大丈夫です。これは、たぶんそれでは回復しませんから」
「で、でも!?」
いったい何が?
「たぶん……たぶん……私……その……」
「シー! 何があった。どこか具合が悪いのか?」
「え? シーかーさんどうかしたか?」
ティーも奥から出て来て、心配そうにシーさんの顔を覗き込む。
「シーさん?」
奥からラナさんの心配そうな声も聞こえる。
ようやく呼吸を整えたシーさんが立ち上がり、青ざめた顔で笑みを浮かべる。
「私、たぶん妊娠、したんです」
・
・
・
「「ええぇぇぇーっ!」」
「ひぃぃぃぃ。本ばっかり、本ばっかりぃぃぃ」
マリンローの宿に順番に泊っていたら、二、三日で完成するはずだった家は、結局一週間も掛った。
明日は新しい年が明ける。今日中に荷物を片付けたい。
「そのつもり……だけど、無理っぽい?」
収納袋から持って来た本を全部取り出し、種類ごとに山積みにしてある。
ティーとリキュリアが本を並べるのを手伝ってくれているのだけれど……三割ほど並べた時点でリキュリアに指摘されて気づいた。
うん。
本棚足りない。
「どうしようかなぁ……全部並べたかったのになぁ」
「ラル兄ぃ、オレ穴掘るか?」
「穴……そうか! クイ、この前掘ってくれた穴の隣に、もう一部屋分頼む」
「ふっ。任せろ、兄ぃ」
この一週間の間に、クイは地下室を掘ってくれた。
陥没してはいけないので、地質はしっかり調べて貰って、少し深い位置に彫って貰っている。
だいたい地面から五メートルぐらい下だ。
入りきらない本は地下室に置こう。
「ダンダさんに追加の本棚を頼んでこようっと」
「じゃあ、じゃあ! ご飯にしようよ!」
「ご飯……お、ちょうどお腹空いたみたいだ」
「え、急になの?」
「わーい、ご飯ご飯~」
ティーが鼻歌交じりでリビングへと向かう。
並べている途中だった本を書斎に置いた大きめの机の上に置き、リキュリアと部屋を出た。
「いやぁ、何かに夢中になってると忘れてしまうんだよね。で、ご飯って言われた瞬間に思い出してお腹空くんだ」
「もしかして……ラルって一日ずっと本を読んでいて何も食べないってこと……」
「あぁ、うん。わりとしょっちゅうあったね」
「ダメよ! ちゃんと食べなきゃダメなんだから!!」
一日食べなかったぐらいじゃ、死んだりしないし、そんな心配することでもないのになぁ。
「ダンダさん、クイに地下室をまた掘って貰っているんで、出来上がったら本棚をまた追加でお願いします」
「はぁ? まだいるのか!?」
「はい」
にっこり笑って答えると、ダンダさんはげんなりした表情になる。
まだたったの二十二棚じゃないか。
施設の書庫なんて何千もの棚が、ずらぁぁぁぁぁっと並んでいたんだぞ。それを思えば、たった二十二だよ。
追加する分も、恐らく十もいらないだろう。
あ、机と椅子も頼まなきゃな。
「ダンダさん、机と──」
「産気づいた!!」
「そう、産気も一緒にお願いしま──ん?」
玄関の扉がバーンっと開かれ、オグマさんが血相を変えてやってきた。
産気……産気ええぇぇ!
ラ、ラナさんの出産が始まる!?
「シー、直ぐに行ってやってくれ。必要なものは?」
「お湯を沸かしてください。あと洗ったシーツを──ティー、あっちのタンスの一番上にシーツを入れてるから」
「わわ、わわ、わ、わ、わかっ」
「分かりました。シーツはあたしが持って行くわ」
ティーは完全にてんぱってしまっているが、リキュリアは冷静だ。
いや、冷静にならなきゃって思っているのだろう。なんせ彼女の甥か姪が生まれるのだから。
生まれる。
ついに生まれるんだ、新しい命が!
こんな時、男って何もできないんだな。
俺とアーゼさん、ダンダさんの三人は、完成したばかりの家でただじぃーっと待っているだけだ。
さすがにオグマさんはラナさんの傍にいるけれど。
「まだ……ですかねぇ」
「まだ三十分も経っていない。初産なら時間がかかるというし」
「お前さんの奥さん時はどうだったんだ?」
「半日掛った」
そ、そんなに掛かるのか。大変だなぁ。
だけどこうしてじっと待つだけっていうのも辛い。
「そ、そうだ。食事の支度もまだだったし、何か作りませんか? 女性陣が頑張ってますし、温めればすぐに食べれるような簡単なものでも」
「うむ、そうじゃな。シチューがいいじゃろうて」
「では瓶からミルクを持ってこよう」
家庭菜園なみの畑はあるけれど、まだどれも収穫できる状態ではない。
肉以外は二週に一度のマリンローでの買い物で仕入れてきたものばかりだ。
この季節なので傷むのも遅いからいいが、次の夏には自給自足できるようになっていたいな。
そんなことを思いながら野菜の皮をむき、ストーブにかけた鍋に入れて軽く炒める。
炒めたら小麦を入れて一度野菜と絡ませ、それから水とミルクを足して焦がさないようかきませながら煮込んでいく。
あとは香辛料で味をみながら……
「どうですかね?」
「うむ……大味じゃが、まぁ悪くない」
「普通だ、心配ない」
それは褒めているのかいないのか、どっちですかね?
「作ったのはいいけれど、俺たちだけ食べてしまうのも申し訳ない気がしますね」
「う、うむ……もう少し待つかの」
シーさんの出産は半日掛ったと言っていた。
このまま半日近く、シチューをお預けになるのだろうか……。
「あ、書斎の片付けしてきますね」
「で、では手伝おう」
「わしも低い段なら手伝えるぞい」
そう言って書斎に向かおうとした時だ。
「ほぎゃあ」
窓の外から聞こえてきたのは、この地で初めてとなる命の産声だった。
「う、生まれた!?」
「生まれたのか!?」
「生まれたようだ!」
俺たちは急いで外に出て、しかし隣の家に入ることが出来ずに立ち止まる。
だってなんとなく、出産って男が立ち入ってはいけないような、そんな神聖な儀式のように思えるから。
いいのは夫だけ。
それで、家の前でうろうろしていると扉が開いて、
「もう、そんなにうろうろするならノックぐらいなさったらよろしいのに」
苦笑いを浮かべたシーさんが出てきた。
「そ、それでシー。男の子か? 女の子か?」
「それは……あら、オグマさん」
アーゼさんが興奮したように尋ねると、シーさんの後ろからオグマさんが現れた。
その腕には真っ白なシーツを抱きかかえている。
「みんな、俺の子だ」
「オグマよ、よかったのぉ」
「おめでとう、オグマ。それで?」
「あぁ、女の子だ。元気な女の子が生まれた」
女の子──そう聞いて、アーゼさんの瞳に大粒の涙が浮かぶ。
彼にも娘がいた。
村を救うために、カオス・リザードの生贄にされた娘さんが。
「そうか。女の子か……大丈夫だ。大丈夫。きっとすくすく成長するだろう。そうだ、名前はどうするのだ?」
アーゼさんがそう尋ねると、オグマさんが俺を見た。
いや、まさかね。まさかだよね?
「名前はラル、君につけて欲しい」
「お、俺!? いや、何故ですか?」
「君に出会えていなければ、今頃俺たちは野垂れ死んでいたかもしれない。命の恩人に、名付け親になって欲しいのだ」
「いやいや、それを言うなたアーゼさんでしょう! 彼がオグマさんたちを助けに入ったんだから」
「だが俺はやはり君に出会えていなければ、むしろ蜥蜴人の集落も奴に襲われ全滅していたかもしれないんだ」
だから俺なんだと、全員が俺を見た。
な、名前なんて……俺そういうセンスは……ん?
「あぁ、寒いと思ったら……雪だ」
「雪? あら、本当だわ。さ、赤ちゃんが冷えるといけないから、中へ入りましょう」
シーさんがオグマさんを促した時、ふと……赤ん坊の手が動いた気がした。
まるで空から落ちてくる雪を、その手で掴もうとしているかのように。
「スノウ……なんの捻りもないかもしれないけど、女の子の名前としては悪くないかなって……思った……んですけど。どうでしょう?」
俺がそう言うと、オグマさんは赤ん坊を見つめ、それから空を見た。
「初雪の日に生まれた……俺の子、スノウ……ありがとうラル。ありがとうございます」
「そ、そんなに畏まられると、ちょっと恥ずかしいのだけれど」
「ふふ。でも可愛らしい名前だと思いま──うっ」
「う? って、シーさん!? どど、どうしたんですかっ」
「シー!?」
それは突然だった。
突然シーさんの体がよろけ、そのまま蹲ってしまったのだ。
「そ、そうだ回復リング! シーさん、直ぐにヒールを──」
「い、いえ、大丈夫です。これは、たぶんそれでは回復しませんから」
「で、でも!?」
いったい何が?
「たぶん……たぶん……私……その……」
「シー! 何があった。どこか具合が悪いのか?」
「え? シーかーさんどうかしたか?」
ティーも奥から出て来て、心配そうにシーさんの顔を覗き込む。
「シーさん?」
奥からラナさんの心配そうな声も聞こえる。
ようやく呼吸を整えたシーさんが立ち上がり、青ざめた顔で笑みを浮かべる。
「私、たぶん妊娠、したんです」
・
・
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「「ええぇぇぇーっ!」」