この草原にしか生息していないモンスターは、Eランクの『エセラノン草原トナカイ』という、大きな角を持ったモンスターだ。
 その名の通り、見た目はトナカイなんだが……とにかくデカい。
 体長は3メートル以上あって、角は太いしかなり鋭利に尖っている。
 ただ角が重いせいで、動きはそこまで早くはない。だからEランクなのだ。

 そしてこいつの亜種で、『エセラノン深淵トナカイ』というのがいる。
 森で暮らすことに適応したのか、体のほうは大きくても2メートル半と少し小型化し、角も細くなっている。
 代わりに角が刃のように進化して、危険度で言えばかなり高い。しかも性格も狂暴になっているし、だからこちらはCランクだ。

「これの角や毛皮は高く取引されるのですよ!」
「蜥蜴人の集落でも、こいつ一頭で村で使う一か月分の小麦と交換できるぐらいなのだ」
「一か月分!? 本当ですか、アーゼさん」
「あぁ。だが狩るのは容易ではない。本来なら……ばな」

 そう言って、アーゼさんが山住になっている素材を見つめた。
 あそこには草原トナカイの素材はあっても、深淵トナカイの素材はないんだけどな。

「ちなみに、トナカイ以外の素材もしっかりお世話させていただきますよ!」
「買取をしてくれるってこと?」
「はい! 知っていましたか? こちらの大陸に生息するモンスターは、他の大陸では見かけないものも多いのです! というかそれぞれの大陸で独自の進化をしているので、あっちの素材がこっちでは珍しい! っということなんですよ!」

 あぁなるほど。それでこっちの大陸で仕入れた素材を、別の大陸で売りさばくってことか。

「へぇ、じゃあこっちでは見かけないような、珍しいものもギョッズさんなら……」

 と、ここで「しまった」と思った。
 ギョッズさんの目がキラッキラしている。

「商談! 商談ですか!?」
「い、いや……」
「珍しい素材ですね! ございます!! ございますよ!!」

 ち、近い。物凄く近いいぃーっ!

「ラル困ってる! 離れろ魚人ーっ」
「そうよっ。あなた近すぎるのよっ」

 ティーとリキュリアが間に入ってくれたおかげで、ギョッズさんが一歩下がった。

「あぁ、どうもすみません。ワタクシ、商売のこととなるとこう……胸がときめいてしまって」

 なんで商売の話すると胸がときめくの?
 恋してるの?
 商売に。

「み、見てみたいと思っただけで、買うつもりはありません。見てください」

 そう言って両手を開いて見せた。
 周りを見てくれと言う意味だが、彼は理解したようで辺りを見渡した。

「ようやく家が完成しようかってところです。何かを買うなんて余裕は、今はありません」
「あららら……そ、そうですね。あ、しかし素材の買取は!?」
「えぇ、そちらはお願いします。あぁ、素材を買い取って頂くより、物々交換はどうでしょう?」
「物々……交換!?」

 またギョッズさんの目が輝いた。





「ミスリルは無理ですが、ミスリル銀か銀となら交換は可能です!」
「いくつ?」
「んー……ちなみに得物はなにがよろしいので?」

 どうせならオグマさんたちの予備の武器をと思って、交換依頼を頼んだ。
 
「お、俺たちの分だけか? いや、ラルの武器を優先させてくれ」
「いやいや、俺の武器というとこれなんで」

 そう言って空間収納袋から杖を取り出した。
 木の杖だ。もちろんただの木じゃない。エルフの森でしか自生しない、フェアリーウッズという木の枝で作られた杖だ。
 凄く貴重なもので、この枝はエルフから親交の証で頂いたものだ。

「しかし木の杖ではないか。ミスリル銀の杖のほうが、魔力の伝達能力が上だろう?」
「あ、そういうのも知っているんですね。確かに一般的には、ミスリルとかのほうが魔力伝達が良くて、魔法の効果も高くなるとされています。でも──」

 実は人にとって相性があったりする。
 魔術師の八割ぐらいは今言った通りなんだけど、残りの二割は鉱石より木派だったりするんだ。
 で、俺は木派。珍しくはあるけれど、宮廷魔術師にして俺の師のひとりでもあるスレイブン師も木派だ。
 木派がミスリルの杖を使っても、石の杖や鉄の杖とまったく魔法の効果は変わらないのだ。

 ということをオグマさんたちに説明。

「そ、そうだったのか……では本当に何もいらないと?」
「いりません。というか必要な物は王都から持って来ていて、この収納袋に入っていますから」

 出すためのスペースがないので、ずっと入れっぱなしなだけだ。
 家が完成したら錬成グッズなんかは……あ。

「しまった……錬成台を置くスペースのことを、すっかり忘れていた」
「おいおい、今さらか? 明日明後日にも完成しそうなんだぞ?」
「あ、あの……商談は?」
「あぁ、俺以外の人の武器の予備と交換して欲しい」

 あとはみんなに好みの武器を、ギョッズさんに伝えて貰うことにした。
 あれこれ注文を聞いているギョッズさんの目は──いや鱗も輝いていた。

 問題は錬成部屋だ。
 薬草とかぐつぐつ煮込んだりするから、書斎と兼用するわけにはいかない。寝室も然りだ。

「どうしようかなぁ」
「なにがや、ラル兄ぃ」
「んー……ん?」

 ひょこっと影から出てきたクイを見て、俺は閃いた。

 ダンダの言う通り、今さら間取りを変更することは出来ない。
 なら増築するか?

 その通りだ。

 増築する。

 ただし──地下に増築するんだ!