ダメだ……とも言えず、また言う理由もなく、オグマ一家が隣人になることが決まった。
 ただ心配はある。
 俺のバフだ。

「ラルが人にバフりたくなるのは、癖だと仰っていたな」
「えぇ。魔術の勉強を始めて、最初に覚えたのがバフ魔法なのですが。その時に随分褒められまして」

 最初に覚えたのがリラクゼーションという、疲労の蓄積を押さえるバフだ。同時に蓄積した披露も若干回復できる。
 この若干が、どうやら若干じゃなかったらしい。
 俺に魔法を教えてくれていた師範は、徹夜続きでかなり疲れていたようで。
 その疲れがいっぺんに吹き飛んだものだから、えらく喜ばれた。

 バフると喜んでもらえる。

 貧しい田舎暮らしだった俺にとって、それが物凄く嬉しくてさ。
 それでバフ魔法ばかりを幼い頃は学んだもんだ。

「で、無意識のうちに人をバフるようになってしまって」
「なるほど。しかし人との関りを断ってしまっては、その癖も治しようがないだろう」
「まぁそうなんですが……」

 とはいえ、町に住めば人がそこかしこにいて、いつでもどこでもバフれる環境になってしまう。

「だからだ。少人数であればバフる対象も少なくなる。我らに絞られるなら、お互い声を掛け合って注意も促せ安いだろう」
「そりゃあまぁ……」
「万が一誰かにバフを飛ばした時には、効果が切れるまで安全を確保してやればいい」

 確かにそうだ。
 効果は三十分ほどで切れるから、それまで何もせず、じっとしていてもらえばいい。

 バフりたくなる癖は治したほうがいいんだろうな。
 ここで暮らすにしても、時々は町に出て物資の調達なんかしなきゃならないし。
 その時に、久しぶりに人に会ったからってバフりまくり祭りになっては困る。非常に困る。
 ヘタしたら衛兵に捕まってしまうかもしれない。

 癖を治すか……そうだな。

「みんなに迷惑をかけるかもしれないけど、よろしくお願いします」





「"韋駄天のごとき──"」
「ラル!」

 はっ! 危なかった……。
 何か作業をしていると、ついうっかりバフって手助けしようとしてしまう。

 オグマさんたちを招いた翌日から、彼らはさっそく家造りの手伝いを始めてくれた。
 まずは造りかけの俺の家を完成させる。
 既に基礎を造り上げているし、二軒同時に作業するよりも一軒に絞ったほうが早いだろう。
 それに──

「お水汲んできました」
「え? ひえっ!? ラ、ラナさんは重い物持たないでください!!」
「あ、いえ、あの、これぐらいは……」
「ダメです!!」

 身重のラナさんが心配で仕方がない。
 だからこっちの家を先に建ててしまって、それをオグマ夫妻に使って貰うつもりだ。
 二軒目が完成するまで、アーゼ夫妻もここに残ると言う。
 元々半年は掛かるだろうと予測して、荷物をたっぷり持って来ていたようだ。テントも立派なもので、遊牧民が使うようなしっかりした物だった。

「ラルさん、大丈夫ですよそのぐらいでしたら」
「いやでもシーさん……」
「出産経験のある私が言うのですから、間違いありません」

 と、シーさんが胸を張って言う。
 そうは言われても、経験のない、そしてこの先も決してその経験は訪れない男の俺には「妊娠中は重いものを持つな」という一般的に知られている常識でしか判断できない。
 あと四、五カ月で出産を迎える。彼女にはちゃんと屋根のある場所で、安心して出産に挑んで欲しい。

「体力をつけていないと、いざ出産というときに大変なんですよ」
「そ、そうなんですか……うぅ……」
「無理をしようとすれば、私がちゃんと注意しますから」

 シーさんにそう言われてしまえば、もう何も言い返せない。

 しかし人手が増えて一気に作業が捗るようになったな。
 家と、そして竈は同時進行で進めたが、煉瓦の積み上げは二日で完了。
 しっかり乾いたら屋根を載せれば完了だ。

「明日か明後日には風呂も使えそうだな」
「そうね。だけど浴槽に水を溜めるのも大変じゃない?」

 ティーと水浴びに出ていたリキュリアさんが戻って来てそう話す。後ろではティーもうんうんと頷いていた。

 俺ひとりだったら、一度水を汲んでしまえば二、三日同じ水でもいいやと思っていたけれど、この人数になったらそうは言っていられないな。
 
「井戸を掘るか、それとも川の水をこっちに引いて来るか……」
「オレ掘るか!?」

 クイが得意げに長い爪をジャキーンっと伸ばして、穴掘りポーズを披露する。

「そうだなぁ……川から繋がる溝を掘って、水をこっちまで引く方がいいかな」
「でもラル、川まで結構あるぞ。クイ大変じゃないか?」
「うぅん……」

 確かに。川まで歩いて数分だが、この距離に溝を掘るのは大変だろうな。深さだってそれなりに必要だし、幅もいる。
 となると、井戸か。
 だけどこっちはこっちで問題がある。
 どこでも掘ればいいって訳じゃない。地下水の流れる地層が無ければいけない訳だし。

 試案していると、蜥蜴人のシーさんが「それなら」と言って夫であるアーゼさんを呼んだ。

「私たち蜥蜴人は湿った場所を好む種族です。だからなのでしょうね。地中を流れる水を、肌で感じることができるんです。誰もが──という訳じゃありませんが」
「もしかしてアーゼさんなら?」
「俺がどうかしたか?」

 やって来たアーゼさんに事情を話すと、にっと笑って辺りを見渡した。

「井戸を掘るならどのあたりがいい?」
「そう、ですね。二軒目の家も近くに建てる予定だけど……できれば今建てている家から、半径百メートル以内、かなぁ」
「心得た。近すぎず遠すぎない感じで探そう」

 アーゼさんがそう言って地面に顔を押しあて、まるで音を聞くかのような感じであちこし調べ始めた。
 そのアーゼさんを守るように、オグマさんが常に近くで周辺を警戒する。

 ほんの十分ほどで、アーゼさんが「ここだ」と言って俺たちを呼んだ。

「二十メートルほど掘ることになるだろうが、深さもある分、水質も安定するだろう」
「そのぐらいの深さなら……クイ、大丈夫だよな?」
「お安い御用だぜ!」

 またもやジャキーンっと爪を伸ばして、クイが今度こそ穴を掘っていく。
 ある程度掘ると、土を穴の外に投げ出せなくなる。対策として、クイには空間収納袋を渡しておいた。

「堀った土は袋の中に入れるんだ。そうすればお前が埋まることもないだろう」
「おー! お……オレ埋まるところだった!?」
「そうなるな」
「ラル兄ぃ、笑うなぁー!!」

 だからそうなる前に袋を渡してやったんじゃん。

 クイの活躍で、深さ二十メートルちょいの井戸は一時間と掛からずに完成した。
 あとは井戸の中の土壁が崩れないように膠灰で固めて、底には川石を敷き詰めよう。それから滑車を取り付ければ完成だ。