卒業式から息つく暇もなく引越しや予習課題を済ませ、なんとか無事、新年度を迎えることができた。
 入学式とそれに続くクラス開きが終わり、今日のところは午前で下校となった。

「帰ろうぜ、篠崎」
「うん」
 寮でできた友達、荻野(おぎの)くんと肩を並べて教室を出る。
 
 つやのあるホワイトアッシュの床に一歩一歩足を乗せるたび、期待で胸が膨らんだ。
 
 今日からここで、素晴らしい先生方や素敵な仲間たちと、絵のスキルをどんどん磨いていける。
 卒業後はどんな進路を選ぶのか、絵を仕事で使うのか、そういうことはまだわからない。
 けれども、とにかく試してみたかった。
 突き詰めてみたかった、僕だけの「好き」を。

 これから三年間過ごすことになる校舎のあちこちに目をやりながら、廊下を闊歩する。やがて階段にたどり着き、一階へ向かった。

「篠崎、教材に名前書けた?」
「まだ。つい後回しにしちゃって」
「俺も。まじだりー」
「今日さ、寮のロビーで一緒にやらない?」
「賛成。誰かと喋りながらじゃないとやる気でないわ」

 一階のホールに到着すると、頭上に広々とした空間が現れた。
「吹き抜けってやっぱいいよなー」
 荻野くんが、天井を見上げながら言う。
「ほんとだね」

 ダークブラウンの手すり壁が縦に三つ。廊下の白い壁には、フロアごとに雰囲気の異なった抽象画が描かれている。
 僕ら一年生の教室は二階にあり、進級するごとに上のフロアに進んでいく。

 最上階からは、どんな景色が見えるんだろう。
 そんなことを考えながら、三年生のフロアである四階を見上げていた時だった。

 ——その姿が、目に映った。

「見つけた」
「ん?」

 はっきりと顔つきが見えたわけではなかった。以前まで常に下ろされていた髪は高めのポニーテールにまとめられていて、記憶の中のシルエットとはうまく重ならない。
 けれども、横顔がちらっと見えただけで、あの歌声が一瞬で全身に広がった。
「ごめん」
「おい、篠崎?」

 考えるより先に、足が動き出す。