二年前の一月、人生初の美術館で見た水彩画。木陰で弁当を食べる幼児二人。
 C.S.——笹山千佳——の作品に描かれていたのは、間違いなく幼稚園の時の僕らの姿だった。
 気づかないふりをしていたけど、ほんとうは一目見た時はっきりわかった。

「君がずっと僕のことを大事に思ってくれていることがわかって、うれしかった。君とちゃんと話さなきゃって、ずっと思ってた」

 瞬間、自分の言葉に触発されて、胸の奥で引き出しが壊れた。
 無理やり押し込めていた不愉快な塊が、喉元にこみ上げてきた。

「あのね……」
 口の中で、ねずみ色がうごめいている。
「ごめん、僕は……」
 意を決して、それを吐き出した。
「君に嫉妬していた。君だけがコンクールで賞を取ったことが悔しくて、君との関わり方がわからなくなっていた。君を妬んで、自分の『絵が好きだ』という気持ちに蓋をした」
 体の奥に溜まっていたドロドロの感情が全身を駆け巡り、めまいがする。
 それが過ぎると、九年ぶりに自分の体の軽さを思い出した。

 濁流を受け取った彼女が、床を見ながら口を開いた。
「君に、もう一度質問するね」
 もう一度、という言葉の意味がわからず、僕は黙って続きを待つ。
「好きなお菓子は何?」

 好きなお菓子。
 十五年間生きてきた中で、好んで食べるお菓子はいろいろある。
 何を答えるべきか。
 目の前の彼女の顔を見ながら考える。
 一重まぶたに、正解が書いてあった。

「ラムネ」
 言い終わらないうちに、口の中に異物が飛び込んできた。
「げほっ!」
 小さな硬い粒が喉に引っかかり、激しく咳き込む。
 
 息を整えながら正面を見ると、彼女の右手が、さっき僕の口があったあたりに伸びていた。
 三本の指が、小さな緑色の筒を掴んでいる。

「罰だよ」
 いじわるな笑みを浮かべながら、彼女はそう言った。
「今のは、ちゃんと話してくれるのが遅すぎたことの罰。そして——」
 いつのまにか左手に持っていたキャップでケースを閉じて、僕に差し出す。
「遅くなっちゃったけど、部活の私物引き上げた日に、荷物運び手伝ってくれたお礼」
 僕はゆっくりと手を出して、大好物を受け取った。
 プラスチック越しに二つの手が繋がる。

「おかえり、シュウくん」
 控えめに輝いたその瞳を見据えて、僕は言った。
「ただいま、チカちゃん」

 そのあと、僕らはアルバムを交換し、お互いに長い長いメッセージを書き合った。

 チカちゃんは、四月からフランスの学校に進学するらしい。世界トップクラスの先生のもとで、油絵を勉強してくるとのことだ。
 小一の時点ではっきりした通り、僕とチカちゃんの間には決定的な才能の差がある。
 けれど、もうそんなことはどうだっていい。
 薄汚れた感情からは、完全に解放されていた。
 チカちゃんも僕も、それぞれ自分の「好き」を追求していく。ただそれだけのことだ。