三月二十三日、修了式前日。

 もし部活に行っていればやっとウォーミングアップが終わった頃であろう時間に、僕はすでに家にいた。
 今日、母さんは友達と外食の約束があり、帰りが遅いらしい。

 昨日の夕食の残りのカレーを食べて入浴も済ませた僕は、何をするでもなくひたすらそのときを待った。

 二十時を少し過ぎた頃、玄関が開く音がした。
 父さんが帰ってきたのだ。
 恐れとも高揚ともつかない感情に包まれたまま、僕は部屋の中で時間を過ごした。

 やがて、父さんが入浴を済ませ、夕食を取り始めた気配。
 僕はそのタイミングを見て、リビングに向かった。

「父さん」
「おお、秀翔、帰ってたのか。部活は……」
「話がある」
 ただならぬ気配を察したのか、父さんの表情が真剣になった。

「まず、嘘をついて部活をサボっていてごめんなさい」
 そう言って、僕は父さんに頭を下げた。
「これからは、父さんや母さんに嘘をつきません」
 なんだかんだ、いい親なんだ。低学年の頃は勉強を見てくれたし、立派な部屋も与えてくれた。サッカーをさせようとしたり、部活に行くように促しているのも、父さんなりに僕のためを思ってくれてのことだろう。
 味方でいてくれる人に嘘をついたのは、ほんとうにいけないことだったと思っている。

「それはもういい。今から頑張れば、二年生からは試合にも出られるだろう」
「待って、まだ続きがある」
 声が細かく波打つのを感じる。
 覚悟を決めて、決意を口の外に送り出した。
「僕、卓球を辞める」
「なんだと?」
 父さんが目を開いた。

「父さんの言っていることもわかる。スポーツは健康にいいし、運動部の活動を通して学ぶことは、将来の役に立つんだと思う」
 実際、半年ほど卓球部で活動しただけでも、目上の人との接し方とか、集団行動におけるマナーとか、いろんなことを学んだ。忍耐力も、ちょっとはマシになったかもしれない。
 こういうのは全部、父さんに促されて運動部に入ったから得られたこと。きっと将来に活きるであろう大事な経験ができた。
「だけど——」
 運動部で活動することだけが正解じゃないってことが、伝わってほしい。
「僕のやりたいことは卓球じゃなくて、ほかにあるから」
「ほかにやりたいこと?」
「ちょっと待ってて」

 そう言って僕は一度部屋に戻り、生徒会室から持って帰ってきた一枚の紙をリビングに持ち出す。新聞紙を広げたほどの大きさのポスター。
 それを父さんの前に掲げて、こう言った。
「このポスター、僕が作ったんだよ」