「ん? どうした?」
 凌牙さんに——遥奏ではなく凌牙さんに、どうしても言っておきたいことがある。
「僕も、『もふもふビート♪』好きなんです。ほのぼのしてて、癒されますよね」

 かつて、駅で凌牙さんが遥奏にお金をたかりながら口にしていた漫画の名前を出す。
 動物の音楽隊たちの日常を描く、まったりとした日常系漫画、『もふもふビート♪』。女子小・中学生を中心に大人気で、今年の一月からアニメも放送されている。
 年末に書店で見かけた時、パステルカラーの表紙に描かれたかわいい動物たちの姿に惹かれて一巻を買ってから、休みの日に少しずつ読んでいる。

「……まじで!」
 快活な凌牙さんの表情が、さらに明るくなった。
「男子で仲間見つけたの初めてだわ! あ、そうだ、今度映画やるよな! 一緒に観に行こうぜ!」
「はい、ぜひよろしくお願いします!」
「いやー、原作から入ったけど、アニメもいいよな! 声優の配役めっちゃイメージ通りだったわ!」
「あ、ごめんなさい、僕まだアニメは見られてなくて」
 正直にそう告げると、凌牙さんは少しがっかりしたような声を出した。
「なんだよー! 好きってんなら、アニメもリアルタイムで追うもんだろー!」

 まっとうな批判だ。
 原作の既刊は全て揃え、アニメも放映された時点で鑑賞し、最新情報のチェックはかかさない……。
 ファンとしての模範的な姿は、そういうものだろう。

 けれども、
「いえ」
 口から飛び出した主張は、自分でも驚くほど毅然としていた。
「僕が好きだって言ったら、好きなんです。アニメも、これから見ますし」
 チョコファッションの甘い風味が残る舌を動かしながら、凌牙さんをまっすぐ見据える。

 凌牙さんは、一瞬驚いた顔をした後、ニヤッと笑って言った。
「まーためんどくさいやつが、身近にひとり増えちまったな」