「小さい頃から歌うことが好きで、将来は音楽の道に進みたいとずっと思っていました。中学一年生の秋頃に本格的に進路を考え始め、この慶雲(けいうん)高校を第一志望校に定めました」

「ところがその約一年後、ある出来事をきっかけに、私は夢を諦めかけることになります」

「二年生の時、合唱コンクールに向けた練習中のことです。クラスの空気が乱れてまともに練習にならず、学級委員長の子がとても困っていました。なんとかその子の力になりたいと考えた私は、あるときクラスのみんなを思いっきり叱りつけてしまいました。それ自体は間違ったことではなかったと、今でも思います」

「ただそのとき、つい言い方が強くなりすぎて、特にふざけていたメンバーのひとりの女の子が泣き出してしまいました」

「すると、その子の親友が私を睨みつけて言ったのです。『何出しゃばってる(・・・・・・・)の?』って」

『私、また出しゃばったのかな』
 水族館で固まっていた遥奏の顔が、すぐそばにいるかのように思い出された。

「その日から少しずつ、クラスに味方がいなくなっていきました」
 遥奏の声が、わずかに震えている。
「日に日に、級友が私と目を合わせなくなりました。先生がいない間の合唱の練習中は特に、耐え難い時間でした。私が歌い出すと、くすくすという嗤い声や、私の歌い方を真似する声で教室が満たされました。そのうち、持ち物を隠されたり、わざと聞こえるように陰口を言われることも増えました。直接嫌がらせをしてこない子にも話しづらくなって、同級生にすら敬語で話す日々が続きました」
 
「歌えば嫌がらせをされる。そう思うと、歌が大好きだという気持ちを思い出すことができなくなりました。楽しみにしていた合唱コンクールも、結局欠席してしまいました」

 深い絶望が、僕を襲う。
 出会った瞬間から元気いっぱいで、破天荒で、エネルギッシュだった遥奏。
 僕に見えていた遥奏の姿は、それだけ。
 あんなに顔を合わせていたのに、僕は全く遥奏の力になれなかった。

「三年生になっても状況は変わりませんでした。授業中も休み時間もいつもひとりで過ごし、音楽の時間は、クラスの人の前で歌うのが怖くて、保健室で休んでいました。歌の練習を頑張って慶雲高校を目指そうという気力は、完全に消えてしまっていました。卒業して学校から抜け出せる日をひたすら待つだけの日々でした」

 そこまで言った後、遥奏は顔を上げた。

「そんな私の生活が、変わりました。きっかけは、ある人との出会いでした」
 画面越しに、目が合った気がした。