「え?」
 そういうことか。
 昨日の帰り、笹山さんと歩いていたのを見られたらしい。
「私と会うのが面倒になったならさ、そう言えばいいじゃん」

 二日前までの遥奏とは打って変わった、氷のように冷たい声。
 とにかく誤解を解かなければ。
 電車の非常停止ボタンを押すように、僕は無我夢中で弁解を始めた。
「えっと……違うって。昨日のは、ほんとに急なことで」
 あわててそう言ってから、ますます誤解を膨らませそうな言い方だったと気づく。
「ふーん、急な用事の方が大事なんだ」
 左右の細いまゆが、急勾配な谷を作る。

「ごめん、言い方を間違えた。えっと、最初から説明するから聞いて。昨日は……」
「私が待ってるってこと知ってたよね?」
「遥奏、聞いて」
「待ちぼうけさせて楽しかった?」

 締め出された。
 固く閉じられた唇を見て、僕はそう感じた。
 
 ほんの数秒前まで胸の内を満たしていた「謝らなくちゃ」という気持ちは、「もう何を言っても伝わらない」という諦めに取って代わられた。
 諦めた僕は、邪悪が喉元を通り過ぎるのを見過ごした。
「別に、ここに来るって約束したわけじゃないし。どうしようと僕の勝手でしょ」
 遥奏の目が、一瞬だけ見開かれた。

「遥奏には関係ないことだけど一応説明すると」
 つい、嫌味な前置きをつけてしまう。
「あの子はただのクラスメート。帰りに見つけて、荷物が多くて大変そうだったから運ぶの手伝ったんだよ」
 決して、遥奏にいじわるしたくてすっぽかしたわけではない。

「ここに来れなかったのはさ」
 僕だって、来たいのはやまやまだったんだ。
「部活に行ってたんだよ。サボってたのが父さんにバレてさ」
 おかげで、案の定全身がひどい筋肉痛。ちょっとは僕の身にもなってほしい。

「知らないよ」
 遥奏が、ぷいっと横を見る。
「だいたいさ、やりたくないなら、正直にそう言えばいいのに」
 鋭い声が、風を切って僕の鼓膜を突き刺した。