リビングに出ると、父さんが僕に背中を向けて座っていた。
 テーブルの上の紅茶から、甘い匂いが漂っている。

 母さんは今日パート先の飲み会で遅くなるとのことで、この家には今日父さんと僕の二人だけだった。
 珍しくテレビは消されていて、冷蔵庫のコンプレッサーが発する鈍い音だけがリビングに響いていた。

「どうしたの?」
「そこに座りなさい」
 僕は、言われるがままに、父さんの向かい側の席に座った。
 ほぼ丸一日誰にも座られていなかった合成皮革の座面は、少し冷たい。

「帰り道、駅の出口で卓球部の片桐先生にばったり会ってな」
 父さんが、紅茶を一口飲みながら言った。
「いろいろ、話を聞いた」

 雪のように白いカップが、無表情なソーサーの上に置かれた。

 陶器のぶつかる甲高い音を合図に、体中の血液が凍りついた。