「絵が好き」だと口にする権利は、笹山さんのように実力のある人だけが持つ特権なんだ。
 僕は、彼女の最優秀賞が発表されたあの日から、無意識にずっとそう思っていた。
 そしてこれからも、その考えは変わらない。

 だから、遥奏と同じ高校に行く場合も、僕の希望はどうだっていい。
 僕には、好きなことなんてないんだから。

 空に向かって声を伸ばす遥奏の横顔を思い浮かべる。
 一心不乱。
 最近、国語の授業でそんな四字熟語を習った。
 それを聞いた時、真っ先に遥奏の顔が浮かんだ。
 一心不乱に歌を歌う遥奏。
 遥奏は、歌が好きなんだろう。
 すごく、好きなんだろう。
 そして、上手い。
 コンクールとか出たことあるのかわからないけど、何かの賞を取れる実力はありそうだ。
 一緒の高校に進むなら、遥奏の「好き」を叶えられるところでいいだろう。

 僕はスマホに手を伸ばすと、ロック解除してブラウザを立ち上げた。
 『高校 音楽科』と検索窓に入れてみる。

 自分の進学先についてもまともに考えたことがない。高校について調べるのはこれが初めてだ。
 画面に現れた高校検索サイトを開き、一番上に出てきた学校をなんとなくクリックした。

 フラッシュが存分に使われたエレガントなサイト。ブラウンの背景に白い文字。画面右上に、『在校生・ご家族マイページログイン』『受験生の皆様へ』『卒業生の皆様へ』などとメニューが並んでいた。
 名前のよくわからない弦楽器を弾く人たちや、大きなキャンバスに絵を描く人たちの写真が、次々と現れては消えていく。
 写真の中の一人ひとりから、高貴な雰囲気が漂っていた。

 選ばれし者たちの世界って感じだ。
 もし遥奏がここに行きたいって言ったら、僕はついていけない気がする。
 
 それから少しサイトを巡回した僕は、『アクセス』欄を見てあることに気づいた。
 これ、京都にある高校じゃないか。
 調べても意味がない。

 ブラウザバックして、検索条件の『関東』にチェックを入れてから再検索をかけた。

 気になったリンク先を押していくと、それぞれの校風を反映した多種多様なホームページが次々と目に入る。
 いくつかの高校は芸術科だけだったけど、大部分の学校には普通科もあった。
 遥奏は芸術科に行き、僕は普通科に行けばいい。

「ふうー」
 しばらくディスプレイを見ていると目が疲れてきた。
 スマホの画面をオフにして、ベッドの上で仰向けになりぼーっと天井を眺める。

 自分でもほんと変なことしてるなって思う。
 だけど。
 遥奏といつか同じ学校に行けたら。
 そんな想像をするだけですごく楽しかった。