その夜は、入浴と歯磨きを済ませてもベッドに入っても、なかなか寝付けなかった。

 河川敷で聴いた遥奏の歌声が、全身に染み渡っている。
 体中の皮膚という皮膚が熱くて、今にも蒸発しそうだった。
 もっともっと遥奏を描いていたかった。
 あの時間が永遠に続けばいいと思った。

 それに、
『同じ高校に進んだらいいじゃん』
 自分で口に出した言葉に、時間が経てば経つほど恥ずかしくなる。
 けれども、後悔は全くしていなかった。

 遥奏と話すようになってから、僕は少しずつ自分の思っていることを口に出せるようになっている気がする。
 遥奏の歌が好きだということ。
 でも歌の練習をさせられるのはいやだということ。
 それから、遥奏と一緒の高校に行きたいということ。
 遥奏みたいに言いたいことを思いっきり口に出せるわけじゃないけど、それでも僕なりに自分の気持ちを言葉にできるようになってきた。
 遥奏以外の人——例えば父さんとか——には、まだ言えそうにないけど。

 今日の会話の続きを思い出す。
『遥奏は、行きたい高校とかあるの?』
 僕の質問に、遥奏は明確な答えを返してこなかった。
 そりゃそうだろう。
 この時期にすでに将来のイメージがはっきりできているのなんて、僕の身の回りじゃたぶん水島くんくらいだ。

 僕だって、希望の進路なんて全然考えられてないし。
「将来の夢とか、やりたいこととか」
 一人部屋の中、意味もなく思考を口に出してみた。
「好きなこととか」
 呟いた言葉が雲のようにふわふわと目の前に漂い、その中に遠い過去の記憶が映し出された。