口から飛び出した言葉に、自分でも驚く。
「え?」
遥奏が、あっけにとられた表情で僕を見た。
喉元に、火傷しそうな恥ずかしさが走る。
だけど、言い出したら止まらなかった。
「同じ高校に進んだらいいじゃん。もしかしたら、同じクラスになれるかも」
遥奏みたいには、うまく勢いをつけて話せないけど。
少しだけ、自分の素直な気持ちを伝えられた気がした。
「うん、そうだね。楽しみだね」
「遥奏は、行きたい高校とかあるの?」
さっきと反対向きの電車が通った。
十両編成の列車が川を渡る数秒間、会話に間奏が入る。
電車の音が聞こえなくなると、遥奏が口を開いた。
「いやー、自分に合う高校を見つけるのって、結構難しいなって思ったり」
「たしかに。まあ——」
焦ることはない。
「これからゆっくり考えればいいよね」
だって、僕らはまだ一年生なんだから。
「高校だとさ、芸術科目が選択になるところが多いって聞いたよ。遥奏はやっぱり音楽?」
「そうだね! 私は歌を練習したいかな! 秀翔は、もちろん美術でしょ?」
「まあ、音楽とか書道よりは美術かな」
「がっつり美術勉強しようとかは考えたことないの?」
「それはないな。暇つぶしで落書きしてるだけで、人が見て喜ぶようなものは描けないし」
「えー、私は人じゃないって言うの?」
「そうかもしれない」
こらっ、と遥奏が僕の右腕を叩こうとしてきた。僕がうまく避けたから遥奏の拳は芝生にぶつかって、モソっと柔らかい音がした。
「真面目な話さ」
遥奏が、少しゆっくりとした口調で言う。
「私、秀翔の描く絵、すっごく好きだよ」
「何回も聞いた、それ」
出会った日から、何回も。
「何回だって言うよ! だって秀翔、リアクション薄いだもん!」
「おだてても何も出ないよ」
正直なところ、遥奏が絵を褒めてくれるのは、とてもうれしい。
でも、あんまり褒められすぎても困るという気持ちもあった。
ポジティブな言葉を浴び続けると、自分が崖の下の人間であることを忘れそうになるから。
「おだててないし! 秀翔こそ、いつも私の歌をおだてるじゃん!」
「僕だっておだててないよ」
「……ふふっ」
遥奏が急に笑った。
霧吹きから飛び出した水みたいに、すぐにあたりの空気に溶け込んでしまいそうな、小さな声。
この広い河川敷の中で、僕だけに聞こえた声。
「ふふふっ」
つられて、僕も笑った。
じっとしているのに少し疲れて伸びをして、それからもう一度腕を地面につけた。
さわっと音がして、芝生が僕の右手を受け止める。
芝生の隙間から、わずかに温もりが触れた。
心臓が跳ね上がって、思わず僕は手を引っ込める。
温もりの主は、何も言わなかった。
初めてだったかも。
遥奏と僕の肌が直接触れたのは。
その温かみに、もう一度触れたいと思った。
けれども、そうしていいのかよくわからなくて、やっぱりやめた。
遥奏の手がどれほど温かいのか知らなくても。
遥奏がなんの歌を歌ってるのか知らなくても。
遥奏が誰にチラシを渡したのか知らなくても。
僕が手を伸ばせば届く距離に、遥奏がいた。
それだけでいいと思った。
「ねえ」
遥奏が突然立ち上がった。
緑色のリボンが、その胸元でひらりと羽ばたく。
僕がつられて上体を起こすのを見届けて、遥奏が唇を動かした。
「なんだか私、今すっごくきれいに歌える気がする」
「え?」
遥奏が、あっけにとられた表情で僕を見た。
喉元に、火傷しそうな恥ずかしさが走る。
だけど、言い出したら止まらなかった。
「同じ高校に進んだらいいじゃん。もしかしたら、同じクラスになれるかも」
遥奏みたいには、うまく勢いをつけて話せないけど。
少しだけ、自分の素直な気持ちを伝えられた気がした。
「うん、そうだね。楽しみだね」
「遥奏は、行きたい高校とかあるの?」
さっきと反対向きの電車が通った。
十両編成の列車が川を渡る数秒間、会話に間奏が入る。
電車の音が聞こえなくなると、遥奏が口を開いた。
「いやー、自分に合う高校を見つけるのって、結構難しいなって思ったり」
「たしかに。まあ——」
焦ることはない。
「これからゆっくり考えればいいよね」
だって、僕らはまだ一年生なんだから。
「高校だとさ、芸術科目が選択になるところが多いって聞いたよ。遥奏はやっぱり音楽?」
「そうだね! 私は歌を練習したいかな! 秀翔は、もちろん美術でしょ?」
「まあ、音楽とか書道よりは美術かな」
「がっつり美術勉強しようとかは考えたことないの?」
「それはないな。暇つぶしで落書きしてるだけで、人が見て喜ぶようなものは描けないし」
「えー、私は人じゃないって言うの?」
「そうかもしれない」
こらっ、と遥奏が僕の右腕を叩こうとしてきた。僕がうまく避けたから遥奏の拳は芝生にぶつかって、モソっと柔らかい音がした。
「真面目な話さ」
遥奏が、少しゆっくりとした口調で言う。
「私、秀翔の描く絵、すっごく好きだよ」
「何回も聞いた、それ」
出会った日から、何回も。
「何回だって言うよ! だって秀翔、リアクション薄いだもん!」
「おだてても何も出ないよ」
正直なところ、遥奏が絵を褒めてくれるのは、とてもうれしい。
でも、あんまり褒められすぎても困るという気持ちもあった。
ポジティブな言葉を浴び続けると、自分が崖の下の人間であることを忘れそうになるから。
「おだててないし! 秀翔こそ、いつも私の歌をおだてるじゃん!」
「僕だっておだててないよ」
「……ふふっ」
遥奏が急に笑った。
霧吹きから飛び出した水みたいに、すぐにあたりの空気に溶け込んでしまいそうな、小さな声。
この広い河川敷の中で、僕だけに聞こえた声。
「ふふふっ」
つられて、僕も笑った。
じっとしているのに少し疲れて伸びをして、それからもう一度腕を地面につけた。
さわっと音がして、芝生が僕の右手を受け止める。
芝生の隙間から、わずかに温もりが触れた。
心臓が跳ね上がって、思わず僕は手を引っ込める。
温もりの主は、何も言わなかった。
初めてだったかも。
遥奏と僕の肌が直接触れたのは。
その温かみに、もう一度触れたいと思った。
けれども、そうしていいのかよくわからなくて、やっぱりやめた。
遥奏の手がどれほど温かいのか知らなくても。
遥奏がなんの歌を歌ってるのか知らなくても。
遥奏が誰にチラシを渡したのか知らなくても。
僕が手を伸ばせば届く距離に、遥奏がいた。
それだけでいいと思った。
「ねえ」
遥奏が突然立ち上がった。
緑色のリボンが、その胸元でひらりと羽ばたく。
僕がつられて上体を起こすのを見届けて、遥奏が唇を動かした。
「なんだか私、今すっごくきれいに歌える気がする」