「ねえ、こっちおいで!」
 いきなり遥奏に声をかけられて、まどろみから目覚める。
 遥奏は戸惑う僕の袖を引っ張って芝生に走ると、えいや、っと言ってダイブした。
「おっと!」
 僕もつられてバランスを崩し、うつぶせに倒れた。

「いったいなー、もう」
 仰向けに体をひっくり返しながら、僕は呟く。
 隣を見ると、遥奏も仰向けで芝生に寝っ転がっていた。
 頭や背中を地面につけるのは少し抵抗があったけど、寝っ転がってみたら不思議とどうでもよくなっていた。

「今日、楽しかったね!」
 右耳から、遥奏の声が聞こえる。
「うん、まあ」

 口から出てくる言葉は、いつも、目一杯薄められていて。
 燃えるような赤色の「楽しかった!!」という気持ちを吐き出したかったのに。
 僕の想いは、洗った筆に微かに残る絵の具ような半透明の色合いで、遥奏の耳に届く。

「もっと喜んでよ! ほんとはめちゃくちゃ楽しかったくせに!」
「さあ、どうかな」
「私はすっごくすっごく楽しかったよー!」
 遥奏は、僕とは違って、いつも自分の気持ちを思いっきり口にする。
 いつだってフォルテ(強く)の声。

「私、ときどき考えるんだ」
 短い沈黙のあと、遥奏が少ししんみりとした声で言った。
「秀翔と同じ学校だったらよかったのになって」

 視界の左端で、電車が川を横断した。
 空気を伝って大地を揺らす、鈍い音。

 その音が消えた瞬間、僕の声帯が震えた。
「行けばいいじゃん」