イルカショーを見終えた僕らは水族館を後にして、最寄り駅に向かう電車に乗った。
「秀翔は、いつも色鉛筆で絵描いてるけど、色鉛筆が好きなの?」
日没直後の電車内、気力の尽き果てた会社員の人たちが作り出す重苦しい沈黙の中、遥奏の声はよく通る。
「そういうわけでもないかな。手に入りやすいのが色鉛筆っていうだけで」
「ふーん。他に興味のある画材もあるの?」
「そうだな」
いつもなんとなく絵を描いてるだけだったから、あまり考えたことなかった。
他に使ってみたい画材か。
「強いていうなら、水彩絵の具かな。ただ、水を用意しないといけなかったり、いろいろ面倒だから、当面は色鉛筆でいいかなって思ってる」
「そうなんだ! いつか、秀翔の描いた水彩画も見てみたいな!」
『ご乗車、ありがとうございました』
アナウンスを聞いて電車を降りながら、僕はひとことだけ返答した。
「気が向いたらね」
「やったー!」
ホームを歩き、改札を出た。遥奏とはここで帰り道が分かれる。
別れの挨拶をしようと思った時、遥奏が先に口を開いた。
「あ、そうだ! 実は秀翔にお願いしたいことがあるんだよね!」
いつかのように、左手の拳で右の手のひらを打つ。
「秀翔さ、チラシ作りとかしたことある?」
「チラシ?」
「仲良しのバスケ部の子がね、新入生勧誘のチラシを作ってくれる人を探してて!」
僕は、頭の中でカレンダーを呼び出した。
「新歓に向けて動くには、だいぶ早くない?」
今はまだ二月にもなっていない。中学校の新入生勧誘って、そんなに早く動くもんなんだろうか。
「うちの学校のバスケ部、結構強豪なんだよね! 三月に小学校を卒業した新一年生は春休みからどんどん参加させる方針らしくて! 練習も忙しいから、早めに動いときたいんだって!」
「部内で誰かひとりくらいデザインできる人いるんじゃないの?」
「それがさ、去年までチラシ担当してた絵の得意な先輩が引退しちゃって、困ってるんだって!」
遥奏の話はいつも唐突で、図々しくて。
僕の平穏な生活をかき乱す。
けれど最近——
「秀翔にぜひお願いしたいんだよね! 今度私からお礼するからさ!」
悔しいことに、そんな遥奏とのやりとりを楽しむ気持ちが僕の中にゆっくりと芽生えていた。
「……やるよ、僕でよければ」
僕の短い返事に顔を輝かせる遥奏。
「ほんとに!? うれしい! ありがとう!」
じゃあさ、と言って、遥奏がスクールバッグから緑色のクリアファイルを取り出した。
「何枚か白紙入れてあるから、それに描いてきてくれる? チラシに入れないといけない情報のメモと、あと去年のチラシも入れたから、参考にしながらお願い!」
僕はそれを受け取ってカバンに入れた。
「今日は楽しかったよ! また明日ね!」
そう言って遥奏は僕に大きく手を降り、僕は曖昧に手を振り返した。
「秀翔は、いつも色鉛筆で絵描いてるけど、色鉛筆が好きなの?」
日没直後の電車内、気力の尽き果てた会社員の人たちが作り出す重苦しい沈黙の中、遥奏の声はよく通る。
「そういうわけでもないかな。手に入りやすいのが色鉛筆っていうだけで」
「ふーん。他に興味のある画材もあるの?」
「そうだな」
いつもなんとなく絵を描いてるだけだったから、あまり考えたことなかった。
他に使ってみたい画材か。
「強いていうなら、水彩絵の具かな。ただ、水を用意しないといけなかったり、いろいろ面倒だから、当面は色鉛筆でいいかなって思ってる」
「そうなんだ! いつか、秀翔の描いた水彩画も見てみたいな!」
『ご乗車、ありがとうございました』
アナウンスを聞いて電車を降りながら、僕はひとことだけ返答した。
「気が向いたらね」
「やったー!」
ホームを歩き、改札を出た。遥奏とはここで帰り道が分かれる。
別れの挨拶をしようと思った時、遥奏が先に口を開いた。
「あ、そうだ! 実は秀翔にお願いしたいことがあるんだよね!」
いつかのように、左手の拳で右の手のひらを打つ。
「秀翔さ、チラシ作りとかしたことある?」
「チラシ?」
「仲良しのバスケ部の子がね、新入生勧誘のチラシを作ってくれる人を探してて!」
僕は、頭の中でカレンダーを呼び出した。
「新歓に向けて動くには、だいぶ早くない?」
今はまだ二月にもなっていない。中学校の新入生勧誘って、そんなに早く動くもんなんだろうか。
「うちの学校のバスケ部、結構強豪なんだよね! 三月に小学校を卒業した新一年生は春休みからどんどん参加させる方針らしくて! 練習も忙しいから、早めに動いときたいんだって!」
「部内で誰かひとりくらいデザインできる人いるんじゃないの?」
「それがさ、去年までチラシ担当してた絵の得意な先輩が引退しちゃって、困ってるんだって!」
遥奏の話はいつも唐突で、図々しくて。
僕の平穏な生活をかき乱す。
けれど最近——
「秀翔にぜひお願いしたいんだよね! 今度私からお礼するからさ!」
悔しいことに、そんな遥奏とのやりとりを楽しむ気持ちが僕の中にゆっくりと芽生えていた。
「……やるよ、僕でよければ」
僕の短い返事に顔を輝かせる遥奏。
「ほんとに!? うれしい! ありがとう!」
じゃあさ、と言って、遥奏がスクールバッグから緑色のクリアファイルを取り出した。
「何枚か白紙入れてあるから、それに描いてきてくれる? チラシに入れないといけない情報のメモと、あと去年のチラシも入れたから、参考にしながらお願い!」
僕はそれを受け取ってカバンに入れた。
「今日は楽しかったよ! また明日ね!」
そう言って遥奏は僕に大きく手を降り、僕は曖昧に手を振り返した。