水島くんと美術館に出かけた翌日、一月の第三月曜日。
 放課後、僕はいつも通り河川敷に座ってスケッチブックを開いていた。
 朝の時点では終日晴れの予報だったのに、気づけば空が灰色の雲に覆われていていた。傘を持ってきていないことが少し不安だ。

『やっほー、秀翔!』
 なんて言ってくる声は、今日もない。
 やっぱり、放課後どっか別の場所で練習することにしたか、何か課外活動でも始めたか、恋人でもできたか。

 いや、それとも。
 頭の片隅にうっすら浮かび上がっていたひとつの可能性がはっきりとその姿を現して、背中に悪寒が走った。
 まさか、先週僕に怒鳴られて傷ついたから?
 
 浮かんできた罪悪感を、頭の中で否定する。
 別に、そんなにひどいこと言ったわけじゃないし。
 だいたい、ひとり絵を描いている僕に図々しく関わってきた遥奏が悪い。
 いきなりピアノ持ってきて、弾けとか、一緒に歌えとか。
 非常識な要望にちょっとは応えてやったんだし。あれで拗ねられてもたまったもんじゃない。

 そう考えて、込み上げてくるもやもやした気持ちを振り払った。
 ……つもりだったけど、整理のつかない感情は脳内にしぶとくこびりついていて、消え去ってくれない。

 気持ちを切り替えようと、僕はスケッチブックに目を落とした。
 白紙の上で鉛筆を走らせる。
 目の前に広がる空と川、向こう岸の木々の輪郭まで描き終えて。

 気がつけば僕は、目の前に見えていないはずの存在を画用紙の上に表し始めていた。
 無人の川岸に、少女の横顔が浮かび上がる。
 青空を見据える瞳。
 力強く開放された唇。
 先週までイヤというほど見たその姿を、白紙の上に描いていく。
 記憶は、自分でも驚くほど鮮明だった。

 袖口から伸びる左手の輪郭が完成した時、その手の持ち主の声がした。
「なーにかーいてーるの?」
 一瞬、絵が喋ったのかと錯覚した。
 けれど、声は画用紙からではなく、僕の背中のほうから聞こえていた。
 後ろを振り返る。
 紺色のセーラー服の真ん中で、緑色のリボンが揺れていた。