別れ際、まゆは自分の髪をさわりながら、それとなく凪に告げた。

「どうしようかなあ」

 凪はからかい気味に返事をする。和ますつもりで言っていることも互いにわかり切っている。

 じゃあね、また。
 伝え合い、二人は別れた。

 また明日会えるかのような、他愛のない挨拶だった。

 蝶野まゆと言葉を交わしたのは、その日が最後だった。


   *


 スタジオから出ると、むせるような暑い風が五感を刺激した。梅雨前線も次第に弱まり、晴れる日が多くなったからだろう。季節の色合いは雨季から夏へと移行し始めている。今日は室内にこもりきりの作業だったため、外の空気を吸うといくらかさわやかな気分を味わえた。

「五月女さん、この後どうします?」
「まだ残ります。今日中に仕上げられそうだから」
「働き者ですね」

 かけられた言葉を反芻する。働き者ですね。何をもって「働く」と言うのか、凪には何一つわからない。けれど自分は働いている。社会の一部に痕跡を残している。

 歩くだけで汗ばむ気温だ。さわやかさを通り越してうだるような空気を感じつつも、地に着く足は迷わず、前に進む。