唐突に、目の前の景色がぼやけていく。

「知ったんだ」

 懐かしい思い出があふれ、あたたかな痛みとなって自分の心を浄化する。

「俺の目の前に」

 記憶の底に沈んでいた、美しい過去の情景。

「楽園が、あるんだと」

 こぼれ落ちる涙をぬぐう真似は、今はしたくなかった。

「今、俺がいるのは、楽園なんだ。そう確信した。子ども時代の、いたいけな想像力だなんて思わない。俺は理想郷を見つけた。誰にも理解されなくていい」

 にじむ街並み。幸せも不幸も、怒りも憤りも悲しみも、同じようににじむ。

「親は変わらず冷たくて、家に帰ったらいつもの地獄が始まって、それでも、あの瞬間だけ、世界でいちばん幸せだった」

 まゆが愛おしそうに聞いているのがわかった。

「どれほど理不尽なことがあっても、誇れるものなんか何もなくても、ステージだけは美しかった。楽しかったから。感動したから。スターになりたい夢を追いかけるやつらを、本当はずっと、応援していた。意志の強さを、分け与えてもらっていたから」

 日が沈む。ともに過ごした日々が沈む。

 凪は目もとを拭い、恋人と視線を合わせた。