まゆは薄く微笑んだ。こう返されるのはわかっていたというように、無言でこちらを見つめる。

 しばらく静寂が流れ、二人は橋の下に見える走行中の乗用車やバイクを眺めた。

「もう一つだけ、凪に聞きたい」

 まゆの柔らかなまなざしが凪を包む。

「何で私だったの?」

 雑多な音が鼓膜を刺激する。エンジン音、ひゅうっと吹く風音、その他いろいろな、自然と人の生活音。気にもとめなかった日常が、クリアに凪の視界に入る。

 世界と無関係に生きることなど、できない。

「私を見つけたのは、偶然?」

 まゆの質問に、凪は答えた。
 誰にも話さなかった、凪自身の昔を。

「一度だけ、親に連れて行ってもらえた場所がある」

 凪は地平をじっと見つめた。
 かすかに涼しくなった風が頬に当たり、髪を撫でていく。

「イベント名はもう覚えてない。ダンス会場だった。ソロダンサーや、グループで出場している人たちでいっぱいで、熱気があふれていた。プロかアマチュアの試合かもわからなかったけど、座席がすごい近くて、パフォーマーの飛び散る汗がスポットライトに当たって、キラキラ飛んでて、すげえ綺麗で、俺は」