じわじわと湿気が凪の額に汗を光らせる。どこかで季節を先取りしたセミが、ミーンと、かすかな鳴き声を漏らした。

「芸能の道に進むのなら、男の影をちらつかせてはいけないと。早い話、恋愛禁止なの。若いうちは」

 まゆは膝の上に置いた手をぐっと握りしめ、唇を震わせた。
 彼女が涙をこらえているのがわかった。

「輝きたい。スポットライトを浴びたい。……でも、こんなのは」
「まゆ」
「ん?」
「ちょっと、散歩しようか」
「……ん」

 こくりとうなずき、まゆは凪の方に手をのばす。

 凪は包むように手を取る。
 二人は連れ添って、並木通りをまた歩き出した。


 春先に花を咲かせていた街路樹は今、生命力の強そうな緑の葉を枝先にまで茂らせている。

 道路を行き交う車が、ヘッドライトを点け始めていた。日が完全に沈む間際の時間まで、二人は当てもなく歩いた。

 凪は足を右に向けて、歩道橋の方へ進んだ。まゆもついてきて、階段に足をかける。

「俺は、就職しようと思ってる」

 まゆは口をつぐんだまま、凪の言葉を聞いている。