両親はいる。凪を送り迎えし、食事を作り、寝床を提供していた。

 けれど凪は、一人だった。

 凪は、二十五年間生きて、自我が芽生え始めた時期からずっと、泣いたことが一度もなかった。

 泣いても誰も自分のもとには来ないことを、知っていたからだ。

 凪の両親は、赤子の凪を――凪自身にその記憶はすでにないけれど――ベビーベッドに置いておいた。ぐずる凪を、あやそうとしなかった。凪が泣き止むまで、どんなに大声で訴えても、両親は凪に近づこうとしなかった。凪がやがて、涙を流すのは無駄なことだと悟るまで、黙り続けた。

 家には静寂が流れていた。他愛ない話や、世間で流行っているもの、それらを共有する秘密の「五月女家」としての意識のつながりが、なかった。不気味な静けさだけが凪の育った家庭を示唆していた。

 その奇妙な冷たさは、ある日突然、終わった。

 凪が小学校を卒業し、地元の中学に進学する頃だった。

 両親が、凪の誕生日にケーキを用意した。
「家族らしいことをしよう」と、二人は、それまでの互いの張りつめた空気感が嘘のように、仲良くなり出した。