五月女凪(さおとめ なぎ)が毎日の日課に夜中の散歩を続けているのは、昔、家族が寝静まっている時に一人だけ眠れなくて、思いがけず飛び出した真夜中の外の空気が気持ちよかったからとか、そういう詩人めいたきっかけではなく、単に物心ついた頃からうまく眠れた試しがないからである。

 正確には寝ているのだろうが、凪の中では寝るというより、いつの間にか意識を失っている感覚に近い。そしていつの間にか目覚め、いつの間にか、体内のリズムが整っている。

 寝る時間が少なくて済むから、一日が長く感じて得かもしれないと、自分で思ってみようとしても、実際、起きている時間が長いとヒマでヒマでしょうがない。あまりにヒマだから、むしろ苦しい。贅沢な悩みだ。凪もそれは自覚しているから、夜中に散歩しているんですなんて、わざわざ人に話さない。誰も知る必要のない、個人の趣味の時間だ。

 ふう、と息を吐き出せば、冷え切った深夜の大気と一緒に、自分の二酸化炭素が上空に消えていく。アパートの古ぼけたエントランスから出てすぐにこの寒さは、さすがに冬の訪れを意識せざるをえなかった。