華乃子は文芸部の部屋の扉を潜ると頭を下げて挨拶をした。

「鷹村華乃子です。よろしくお願いします」

頭を下げたままでいると、文芸部の編集長は満面の笑みで迎えてくれた。

「いやあ、我が社の気鋭のファッション通である鷹村さんを我が部に迎えることが出来て嬉しいよ。うちの部で是非作品を華やかにして欲しい。ささ、こっちへ来て。先生を紹介しよう」

そう言って応接室に促される。部屋の一角に衝立で囲われた其処には、やさしそうだが白い顔をした風貌の男性が座って居た。
人の良さそうな月のカーブを描くやさしい双眸。眉はやや困ったようにㇵの字を描いている。鼻筋はすっと通っており、唇は薄くおだやかな笑みを浮かべていた。前髪が中央で左右にふんわりと分かれていて、やわらかい髪の毛は彼がお辞儀をするとさらりと顔の輪郭に沿って流れた。

「こんにちは。雪月(ゆづき)と申します。お世話になります」

自己紹介をしてお辞儀をする声が若干弱々しい。白い顔も相まって病弱な感じを受け、自分はこの人の体調管理も任されるのだな、と感じた。

「初めまして、鷹村華乃子です。文芸部とは畑違いの婦人部に居たので、先生のお力になれるかどうか分かりませんが、頑張りますのでよろしくお願いします」

作家の先生と担当者とだったら、先生の方が上だ。それなのに華乃子が頭を下げると、そんな、僕の方こそお世話になります、とまた頭を下げられてしまう。

「僕には芥川先生や漱石先生、子規先生方のような文才はありません。どうか気楽に接してください」

そういってぺこぺこと頭を下げる。華乃子は『作家先生』の想像図を覆されて、ぽかんとした。
ひょろりと細い腕が着物の袖から見える。原稿料が足りなくて栄養が摂れず健康状態のよくない作家はいくらでも居ると知っているから、取り敢えずは安くて栄養豊富な食事からだな、と華乃子は思った。