その男性は、私に振り向くと目を大きく見開いて、一瞬クシャっと笑顔を見せた。

「お久しぶりです、先生。」

「久しぶり。変わんないな、藤沢。」

ああ、覚えてくれていた。

それだけで、私の心は安心した。

「今日は?」

「塾の帰りです。」

「塾?おまえが?成績悪かったっけ?」

「受験生なもんで。」

私は先生に、笑って見せた。


「そっか……もう高校3年か。」

先生は去年の事を、懐かしむようにそう言った。




平塚幸太郎先生。

国語の先生が産休に入った2年生の時。

産休代理で、1年間国語を教えてくれた。

身長が高くて、爽やかで、教え方が上手かった先生は、男女問わず生徒から人気があった。

休み時間には、先生に会いに来る生徒が、後を絶たなかった。

2年生が終わりを告げる時も、誰かが産休に入った先生、もう少し休んでてくれないかなと、ぼやいていた。