私はそれからというものの、放課後暇なときは運動場を訪れるようになった。
岡本君と話せる時間は休憩時間のほんのちょっとの間だけだけど、大会の話とか、賞を取った時の話とか、高校で帰宅部の私には知らないことをたくさん教えてもらった。
委員会の帰りでミスをして落ち込んでいた時は励ましてもらった。
その反面、教室ではあれ以来特に言葉を交わすことはなかった。
岡本君は理系だから同じ授業があるわけでもないし、運動場で話せるのだから無理して時間をつくることもない。
ただ、変わったこともある。琴乃と岡本君が話しているのを見ることが多くなった。
「このドラマとか雰囲気似てて参考になると思うんだよね。どうかな?」
まだ先のことだというのに、琴乃は学校祭でやる劇の脚本について、資料を集めては王子様役の岡本君に相談していた。
「結木、張り切ってるなー。まだテストも終わってないのに。あ、でも結木からしたら中間テストなんて楽勝か」
そんな先を急ぎすぎな琴乃に、岡本君は嫌な顔をいっさい見せなかった。
「岡本こそテストなんて朝飯前でしょ」
「そんなことねぇよ。そもそも俺ら脚本担当じゃないし、一回室井に相談した方がいいんじゃないか?」
室井というのは光咲の苗字だ。光咲は脚本と監督を任されることになっていた。
多分この言葉は、自分が脚本を考えるのが面倒だからなんて理由じゃなくて、脚本担当の美咲の立場がなくならないように気を使っているのだろう。
「まー、それもそうか。じゃあ、今度の日曜日三人で集まらない?」
琴乃はそれでもあきらめない。
「ほら、やっぱりテスト楽勝なんじゃねぇか。まあ、いいか。まだ大丈夫だなんて油断してるとすぐに学校祭になっちまいそうだしな」
琴乃、去年あんなに学校祭張り切ってなかったのに。私は二人の楽しそうな会話を遠くから聞いていた。
「なんかあの二人出来てるよね」
「ね。理系と文系の学年トップ同士で、しかも顔面最強コンビとか、お似合いすぎ!」
二人があまりにも頻繁に話してるもんだから、三年生の間ではちょっとした噂にもなっていた。
同級生たちが応援ムードを高まらせている中、私は急速に距離を縮めている二人に得体の知れない焦りを感じていた。
噂になっていることもあって、学校からの帰り道でも、お昼ご飯の最中でも、琴乃は岡本君の話を堂々とするようになった。
「あ、また岡本から呼び出しだ!明日の朝、早く学校来てほしいって。ごめんね、桜。明日、一緒に登校できないわ」
どうやら岡本君との連絡先の交換に成功したらしい琴乃は、岡本君から連絡が来るたびにわざわざ私に報告してくる。
「いや、私たちもともと一緒に行く約束してないよ。たまたま一緒になる日はあるけど」
「あ、そうだったわ。うっかりしてた」
最近の琴乃は何かに浮かれたみたいに楽しそう。琴乃にそう言ったら、
「今年は最後の学校祭だからね!」
と返された。
私は琴乃の言葉を信じないわけじゃない。親友だから。
でも、それは違うと思う。
どんな内容でも私の話を楽しそうに聞いてくれる琴乃が、岡本君と私が先生の手伝いをした時の話に対してはそっけなかった。
そのくせ、自分が岡本君と話してるときは、今までに見たことがないくらいの笑顔をしている。
琴乃、やっぱり岡本君のことが好きなんだ。
私の中で徐々に疑いが確信に変わり始めていた。
とんでもなく複雑な気持ちになったけど、琴乃のことを責める気持ちにはならなかった。
仕方ないよね。私は琴乃みたいにかわいくないし、器用じゃないもん。
うん、みんなが言うと通りお似合いだよ。
なぜか滲む視界の向こうで楽しそうに会話する二人の姿を見ながら、納得しようとした。
納得したからもう運動場に行くのをやめようと思ってた……。なのに。
私は今日もまたベンチに座っていた。
黄金色の粉が風に吹かれて舞い立つ。でも、少し前までとは違って、漠然と眺めているわけではなかった。
ただ一人の男子の姿を追っていた。
彼のふくらはぎがトラックを打つ瞬間、肌から汗がしたたる瞬間。
一瞬さえも見逃さない。何から何まで彼に釘付けになっている自分がいた。
休憩を告げる笛がなる。
「お疲れ」
と言って、ペットボトルを渡してくれる岡本君。
「逆だよ」
私は笑いながら受けとった。
「ほんとだな」
岡本君もペットボトルを差し出したまま笑っていた。
「なんか最近の立川元気ないなって思ったから」
「そんなことないよ」
私は伏し目がちに言って、首を横に振った。
「お前嫌なこととか自分の中にため込むタイプだろ」
「私の悩みなんて人に聞いてもらえるほどのものじゃないから」
その言葉を聞いて岡本君は口ごもった。口先だけ励ましの言葉は無意味だと思ったのだろうか。わけのわからないことを言い出す。
「じゃあ、俺今から空気になるわ」
「どういうこと?」
「こういう風に広いところで一人でベンチに座ってると、愚痴りたくなるよねー」
岡本君は私の隣に座ると、私の方を見ないで言った。
私はじっとその横顔を見ていた。彼のこういうところが心地よかった。
彼が醸し出す軽やかな空気は、私の心にたまった疲れ切ったヘドロを浄化してくれる。
岡本くんがどうして私にこんなに構ってくれるのかわからない。
苦しい練習の暇つぶし相手としか思われてないのかもしれない。
不釣り合いな、奇妙な関係だってわかってる。
それでもいい。それでもいいから、こうやっていつまでも彼の隣に座っていたい。
岡本君と話せる時間は休憩時間のほんのちょっとの間だけだけど、大会の話とか、賞を取った時の話とか、高校で帰宅部の私には知らないことをたくさん教えてもらった。
委員会の帰りでミスをして落ち込んでいた時は励ましてもらった。
その反面、教室ではあれ以来特に言葉を交わすことはなかった。
岡本君は理系だから同じ授業があるわけでもないし、運動場で話せるのだから無理して時間をつくることもない。
ただ、変わったこともある。琴乃と岡本君が話しているのを見ることが多くなった。
「このドラマとか雰囲気似てて参考になると思うんだよね。どうかな?」
まだ先のことだというのに、琴乃は学校祭でやる劇の脚本について、資料を集めては王子様役の岡本君に相談していた。
「結木、張り切ってるなー。まだテストも終わってないのに。あ、でも結木からしたら中間テストなんて楽勝か」
そんな先を急ぎすぎな琴乃に、岡本君は嫌な顔をいっさい見せなかった。
「岡本こそテストなんて朝飯前でしょ」
「そんなことねぇよ。そもそも俺ら脚本担当じゃないし、一回室井に相談した方がいいんじゃないか?」
室井というのは光咲の苗字だ。光咲は脚本と監督を任されることになっていた。
多分この言葉は、自分が脚本を考えるのが面倒だからなんて理由じゃなくて、脚本担当の美咲の立場がなくならないように気を使っているのだろう。
「まー、それもそうか。じゃあ、今度の日曜日三人で集まらない?」
琴乃はそれでもあきらめない。
「ほら、やっぱりテスト楽勝なんじゃねぇか。まあ、いいか。まだ大丈夫だなんて油断してるとすぐに学校祭になっちまいそうだしな」
琴乃、去年あんなに学校祭張り切ってなかったのに。私は二人の楽しそうな会話を遠くから聞いていた。
「なんかあの二人出来てるよね」
「ね。理系と文系の学年トップ同士で、しかも顔面最強コンビとか、お似合いすぎ!」
二人があまりにも頻繁に話してるもんだから、三年生の間ではちょっとした噂にもなっていた。
同級生たちが応援ムードを高まらせている中、私は急速に距離を縮めている二人に得体の知れない焦りを感じていた。
噂になっていることもあって、学校からの帰り道でも、お昼ご飯の最中でも、琴乃は岡本君の話を堂々とするようになった。
「あ、また岡本から呼び出しだ!明日の朝、早く学校来てほしいって。ごめんね、桜。明日、一緒に登校できないわ」
どうやら岡本君との連絡先の交換に成功したらしい琴乃は、岡本君から連絡が来るたびにわざわざ私に報告してくる。
「いや、私たちもともと一緒に行く約束してないよ。たまたま一緒になる日はあるけど」
「あ、そうだったわ。うっかりしてた」
最近の琴乃は何かに浮かれたみたいに楽しそう。琴乃にそう言ったら、
「今年は最後の学校祭だからね!」
と返された。
私は琴乃の言葉を信じないわけじゃない。親友だから。
でも、それは違うと思う。
どんな内容でも私の話を楽しそうに聞いてくれる琴乃が、岡本君と私が先生の手伝いをした時の話に対してはそっけなかった。
そのくせ、自分が岡本君と話してるときは、今までに見たことがないくらいの笑顔をしている。
琴乃、やっぱり岡本君のことが好きなんだ。
私の中で徐々に疑いが確信に変わり始めていた。
とんでもなく複雑な気持ちになったけど、琴乃のことを責める気持ちにはならなかった。
仕方ないよね。私は琴乃みたいにかわいくないし、器用じゃないもん。
うん、みんなが言うと通りお似合いだよ。
なぜか滲む視界の向こうで楽しそうに会話する二人の姿を見ながら、納得しようとした。
納得したからもう運動場に行くのをやめようと思ってた……。なのに。
私は今日もまたベンチに座っていた。
黄金色の粉が風に吹かれて舞い立つ。でも、少し前までとは違って、漠然と眺めているわけではなかった。
ただ一人の男子の姿を追っていた。
彼のふくらはぎがトラックを打つ瞬間、肌から汗がしたたる瞬間。
一瞬さえも見逃さない。何から何まで彼に釘付けになっている自分がいた。
休憩を告げる笛がなる。
「お疲れ」
と言って、ペットボトルを渡してくれる岡本君。
「逆だよ」
私は笑いながら受けとった。
「ほんとだな」
岡本君もペットボトルを差し出したまま笑っていた。
「なんか最近の立川元気ないなって思ったから」
「そんなことないよ」
私は伏し目がちに言って、首を横に振った。
「お前嫌なこととか自分の中にため込むタイプだろ」
「私の悩みなんて人に聞いてもらえるほどのものじゃないから」
その言葉を聞いて岡本君は口ごもった。口先だけ励ましの言葉は無意味だと思ったのだろうか。わけのわからないことを言い出す。
「じゃあ、俺今から空気になるわ」
「どういうこと?」
「こういう風に広いところで一人でベンチに座ってると、愚痴りたくなるよねー」
岡本君は私の隣に座ると、私の方を見ないで言った。
私はじっとその横顔を見ていた。彼のこういうところが心地よかった。
彼が醸し出す軽やかな空気は、私の心にたまった疲れ切ったヘドロを浄化してくれる。
岡本くんがどうして私にこんなに構ってくれるのかわからない。
苦しい練習の暇つぶし相手としか思われてないのかもしれない。
不釣り合いな、奇妙な関係だってわかってる。
それでもいい。それでもいいから、こうやっていつまでも彼の隣に座っていたい。