「戦争?」
「あぁ、数年前までこの国は他の国と戦争中だった。結果として国土を増やすことができたから良かったが……犠牲は大きすぎた、な」
魔王様は遠くを見つめながらため息をつく。
私の中にある【魔王】のイメージが崩れていくような気がした。傍若無人で思いつくまま悪行の限りを尽くす魔王ではなく、こんな地味な作業を黙々とこなし、戦争の犠牲を憂う魔王がいたのか、と。
「エミリアの様子はどうだ? 上手くいっているか?」
首を横に振る。
「……いえ、それが中々難しくて……」
成果が上がっていないことを素直に告げると、魔王様は「仕方ない。すぐに解決するとは思っていなかったからな」と、少し諦めたような口調で言った。
「そう言えば、エミリア様はいつも一人でお食事を召し上がるんですね」
エミリア様の食事を作っていて気になったことを漏らすと、魔王様は深く頷いた。
「そうだな。私はこの通り仕事に忙殺されている。エミリアと一緒に食事をするなんて、年に数回あるかどうか、だよ」
一瞬、魔王様の横顔が寂しそうに見えた。それが、昼間に見たエミリア様の表情に何だか似ている気がして……。
「あの、魔王様」
思わず、私は口を開いていた。
「もしよかったら、今度エミリア様のために時間をつくってくれませんか?」
***
数日後、私は出来上がったエミリア様専用の昼食を王家専用のダイニングルームに運んでいた。足元には、ちょっぴり憤慨しているエゴールがいる。
「魔王様だってお忙しいのに、余計な時間を使わせて! あなたと言う人は何を考えているのですか!」
「だって、思いついちゃったんだもの。いいでしょ、たまには。親子で食卓を囲むのも!」
私がワゴンで運んでいるのは、いつものエミリア様一人分の食事ではなく、魔王様の分もある。今日は趣向を凝らして、二人で一緒にご飯を食べてもらうことにしたのだ。
「確かに、お二人でお食事を共にすることは中々ないので良い事だとは思いますが……どうしてコユキ様はこのような事を思いつかれたのですか?」
「内緒!」
エゴールはため息をつきながらも、ダイニングルームのドアを開けてくれる。そこには、どこか緊張した魔王様とエミリア様の姿があった。二人とも、真正面に座っているのに互いに目を合わせようとしない。親子としてのぎこちなさがそこにあった。
「すいません、遅くなりました」
私はそれに気づかぬように、いつもの調子で二人に声をかける。
「こちらが、今日の昼食です。どうぞお召し上がりください」
私は二人の前に蓋が被さったままのお皿を置く。
「今日のメニューは、【色とりどりの野菜ニョッキ】です」
私はそれと同時に蓋を取る。ジャガイモで作ったプレーンニョッキに、ニンジン、ホウレンソウ、カボチャのペーストを加えて色付けしたニョッキがお皿に並んでいる。それ以外にも、小鉢にはディップソースも用意した。エミリア様も食べることができるトマトソースやチーズソース、バジルマヨソースなんかも加えてみた。
エミリア様は、ぽかんと口を開け、お皿をまじまじと見ながら小さく呟いた。
「……おかあさまのティアラの宝石と同じ色……」
その言葉に、魔王様は皿を持ち上げてまじまじと見つめていた。そして、優しく笑う。
「本当だな、よく似ている」
「あのティアラをイメージして作ったんですよ。これならエミリア様にも気に入ってもらえるかなって」
「よかったな、エミリア。グラフィラのティアラ、ずっと欲しいと言っていただろう」
魔王様の声音がうんと優しく聞こえた。きっと、【グラフィラ】というのが亡くなったエミリア様のお母さんの名前なのだろう。でも、エミリア様は不満そうに唇を曲げる。
「でも、これはほんものじゃないわ。きっと野菜よ! 野菜でできてるのよ! 私、野菜なら食べないんだから!」
「エミリア様、そうとは言わずにお召し上がりください」
エゴールが懇願しても、プイッと顔をそむけたエミリア様はフォークすら持ってくれない。今日も失敗か……と私ががっくりうなだれた時、魔王様が「いただきます」と呟いていた。
「コユキ」
「はい!?」
「この器に入っている緑色のコレはなんだ?」
「それは、バジルソースにマヨネーズを加えたソースです。ニョッキをそれにつけてお召し上がりくださいっ!」
「わかった、ありがとう」
魔王様はジャガイモニョッキをバジルマヨソースにつけて、一口でひょいっと食べていく。そして一言、「旨いな」と言った。私の肩にかかっていた重荷が、すっと軽くなっていくような気がした。
魔王様はそれから、パクパクとニョッキを食べていく。味を試すように色とりどりのニョッキを、様々なソースに付けていく。一口食べるごとに「おいしい」とか「旨い」とか言ってくれるので、作った私も何だか嬉しくなってきた。
そして、その様子をじっと見ていたエミリア様が小さく喉を鳴らすのが見えた。それに気づいた魔王様は、エミリア様に微笑みかける。
「あぁ、数年前までこの国は他の国と戦争中だった。結果として国土を増やすことができたから良かったが……犠牲は大きすぎた、な」
魔王様は遠くを見つめながらため息をつく。
私の中にある【魔王】のイメージが崩れていくような気がした。傍若無人で思いつくまま悪行の限りを尽くす魔王ではなく、こんな地味な作業を黙々とこなし、戦争の犠牲を憂う魔王がいたのか、と。
「エミリアの様子はどうだ? 上手くいっているか?」
首を横に振る。
「……いえ、それが中々難しくて……」
成果が上がっていないことを素直に告げると、魔王様は「仕方ない。すぐに解決するとは思っていなかったからな」と、少し諦めたような口調で言った。
「そう言えば、エミリア様はいつも一人でお食事を召し上がるんですね」
エミリア様の食事を作っていて気になったことを漏らすと、魔王様は深く頷いた。
「そうだな。私はこの通り仕事に忙殺されている。エミリアと一緒に食事をするなんて、年に数回あるかどうか、だよ」
一瞬、魔王様の横顔が寂しそうに見えた。それが、昼間に見たエミリア様の表情に何だか似ている気がして……。
「あの、魔王様」
思わず、私は口を開いていた。
「もしよかったら、今度エミリア様のために時間をつくってくれませんか?」
***
数日後、私は出来上がったエミリア様専用の昼食を王家専用のダイニングルームに運んでいた。足元には、ちょっぴり憤慨しているエゴールがいる。
「魔王様だってお忙しいのに、余計な時間を使わせて! あなたと言う人は何を考えているのですか!」
「だって、思いついちゃったんだもの。いいでしょ、たまには。親子で食卓を囲むのも!」
私がワゴンで運んでいるのは、いつものエミリア様一人分の食事ではなく、魔王様の分もある。今日は趣向を凝らして、二人で一緒にご飯を食べてもらうことにしたのだ。
「確かに、お二人でお食事を共にすることは中々ないので良い事だとは思いますが……どうしてコユキ様はこのような事を思いつかれたのですか?」
「内緒!」
エゴールはため息をつきながらも、ダイニングルームのドアを開けてくれる。そこには、どこか緊張した魔王様とエミリア様の姿があった。二人とも、真正面に座っているのに互いに目を合わせようとしない。親子としてのぎこちなさがそこにあった。
「すいません、遅くなりました」
私はそれに気づかぬように、いつもの調子で二人に声をかける。
「こちらが、今日の昼食です。どうぞお召し上がりください」
私は二人の前に蓋が被さったままのお皿を置く。
「今日のメニューは、【色とりどりの野菜ニョッキ】です」
私はそれと同時に蓋を取る。ジャガイモで作ったプレーンニョッキに、ニンジン、ホウレンソウ、カボチャのペーストを加えて色付けしたニョッキがお皿に並んでいる。それ以外にも、小鉢にはディップソースも用意した。エミリア様も食べることができるトマトソースやチーズソース、バジルマヨソースなんかも加えてみた。
エミリア様は、ぽかんと口を開け、お皿をまじまじと見ながら小さく呟いた。
「……おかあさまのティアラの宝石と同じ色……」
その言葉に、魔王様は皿を持ち上げてまじまじと見つめていた。そして、優しく笑う。
「本当だな、よく似ている」
「あのティアラをイメージして作ったんですよ。これならエミリア様にも気に入ってもらえるかなって」
「よかったな、エミリア。グラフィラのティアラ、ずっと欲しいと言っていただろう」
魔王様の声音がうんと優しく聞こえた。きっと、【グラフィラ】というのが亡くなったエミリア様のお母さんの名前なのだろう。でも、エミリア様は不満そうに唇を曲げる。
「でも、これはほんものじゃないわ。きっと野菜よ! 野菜でできてるのよ! 私、野菜なら食べないんだから!」
「エミリア様、そうとは言わずにお召し上がりください」
エゴールが懇願しても、プイッと顔をそむけたエミリア様はフォークすら持ってくれない。今日も失敗か……と私ががっくりうなだれた時、魔王様が「いただきます」と呟いていた。
「コユキ」
「はい!?」
「この器に入っている緑色のコレはなんだ?」
「それは、バジルソースにマヨネーズを加えたソースです。ニョッキをそれにつけてお召し上がりくださいっ!」
「わかった、ありがとう」
魔王様はジャガイモニョッキをバジルマヨソースにつけて、一口でひょいっと食べていく。そして一言、「旨いな」と言った。私の肩にかかっていた重荷が、すっと軽くなっていくような気がした。
魔王様はそれから、パクパクとニョッキを食べていく。味を試すように色とりどりのニョッキを、様々なソースに付けていく。一口食べるごとに「おいしい」とか「旨い」とか言ってくれるので、作った私も何だか嬉しくなってきた。
そして、その様子をじっと見ていたエミリア様が小さく喉を鳴らすのが見えた。それに気づいた魔王様は、エミリア様に微笑みかける。