まず、お肉はよく食べる。ハンバーグも食べてくれたし、チキンライスのお肉は取り除かなかった。けれど、そこに小さく刻んだ野菜が入るとちまちまと取り除くし、最悪の場合食べてはくれなくなる。あとは、パンやご飯、麺類といった炭水化物もよく食べてくれるので助かっている。

 あと、野菜は嫌いだけど……ケチャップやトマトソースは大丈夫みたいだ。トマト自体には一切手を付けてくれないけれど。トマトソースで作ったパスタも食べてくれた(ちなみに、一緒にいれたベーコンは食べたが、シメジや玉ねぎは綺麗にお皿に残っていた。悔しかった)。

 この傾向を上手く利用できればと思うけれど、頭が煮詰まってしまって、上手い事アイディアが生まれてこない。その間に、エゴールは試作品を食べ終えてしまっていた。口元を満足そうにナプキンでぬぐっていく。

「コユキ様、気分転換に散歩などいかがですか?」
「散歩ぉ?」

 悩んでいる私の様子を気遣ってくれたのか、エゴールがそう提案してくれた。

「ここを離れれば少し気分が変わるのでは? それに、まだあまり城の事もご存じないでしょう?」
「確かにそうだけど……」
「この城の図書室の蔵書量は国一番ですよ! もしかしたら、いい料理の本があるかもしれませんし! ほら、いってらっしゃい!」

 半ば無理やり、調理室から追い出されてしまった。……私、この世界の文字が分からないから本なんて読めないんだけど。そう言う間もなく。

 でも、気分転換に散歩はいいかもしれない。私は軽く伸びをしてから、城の中を歩き始めた。

 しばらく歩くと、大広間にたどり着いた。その廊下の先に、小さな人影が見えてくる。ふんわりとしたワンピースに、小さなツノ。そんな姿を持つのは、この城で一人きり。彼女は、何かをじっと見上げていた。……その横顔は、なんだか寂しそうに見えた。

「エミリア様?」

 私が声をかけると、少し間を置いてからエミリア様は反応した。

「あ、コユキ!」

 私を見つけたその表情は、先ほどまでの寂しそうなものからパッと華やかな物に変わる。あれだけ嫌いなものばかりの食事しか出していないのに、今のところ、まだエミリア様から嫌われていないのが救いだった。

「どうしたの? もう私のごはんつくるのやめたの?」

 エミリア様は嬉々としてそう尋ねてくる。やっぱり、私の作る食事は苦痛なのかな……そんな不安がよぎる。

「いーえ。気分転換のお散歩です。エミリア様はどうしてここに?」
「これを見てたの」

 エミリア様は再び何かを見上げる。私も彼女の視線と同じ方向を見た。そこには、肖像画と、今まで見たことないくらい大きな宝石で彩られたティアラとネックレスが飾ってある。肖像画に描かれた姿は、そのアクセサリーを身に着けた女の人だった。

(あれ、この人……)
「私のおかあさまよ」
「ああ、やっぱり! 何だかエミリア様に似ている気がしました」
「でしょ!」

 金色の髪をなびかせて、柔らかく微笑んでいる女性。この絵の人とエミリア様、目元のあたりがよく似ている。

「そういえば、エミリア様のお母様って……」

 私は今まで、父親である魔王様にしか会っていない。私がそう小さく呟くと、エミリア様は少しだけ表情を曇らせた。どうやら、聞いてはいけないことを口に出してしまったみたいだ。

「しんじゃったの」
「……そうだったんですね」
「私、おかあさまのこと、全然おぼえてないの。まだ赤ちゃんだったから……」

 私が寂しさに震えるエミリア様の背中にそっと手を添える。エミリア様は少しだけ笑みを浮かべた。

「あのティアラ、すてきでしょ?」

 エミリア様はそう言ってティアラを指さす。鮮やかなオレンジ、イエロー、グリーン……さまざまな色の宝石があしらわれている。大きさも、ウズラの卵以上はありそうだ。何カラットあるのだろう? あんなにたくさん宝石がついたティアラ、元の世界で買うとしたら何十億円もかかるにちがいない。さすが、魔王様の妃となると持つアクセサリーも格別だ。

「私がおとなになったらくれるんですって。おとうさまとそう約束したの」
「へぇ~。いいですね。きっと似合うと思いますよ」
「えへへ。早くおとなになりたいなぁ」

 エミリア様がそう呟くので、これ幸いと私は口を開く。

「お野菜いっぱい食べられるようになれば、早く大人になれますよ!」
「それはぜったいにいや」

 やはり、こんな子供だましの言葉で騙されることはないだろう。私はピタッと口を閉じた。
 
***

「はぁ、遅くなっちゃった」

 図書室にいるうちに、すっかり夜が更けてしまっていた。窓の向こうは真っ暗で、月明かりが廊下を照らしている。それと、壁についている小さなろうそくの灯だけが頼りだ。

 エゴールが言っていた通り料理の本がたくさんあって、それを見ている内に時間を忘れてしまっていた。文字は読めなかったから絵が付いているものだけを見てきたけれど、この世界の料理は興味深いものばかりだった。見たことのない食材が多いので味の想像は出来なかったので、今度厨房のスライムシェフさんたちに作ってもらおうかなと考えながら、私は自分の部屋に進む。