「コユキか、それにエミリアも」
「失礼します、レオさん」
「帰り支度が終わったのか?」
「いいえ。その前に話がしたいのと……あと、これ」
ケーキを見せると、レオさんもエゴールもきょとんを首を傾げる。
「エミリアちゃんがデコレーションしました!」
「そうか! エミリアが!」
「ふふん! がんばったでしょ」
レオさんはエミリアちゃんの頭を撫でる。エミリアちゃんはとても自慢げに胸を張っている。エゴールはケーキをまじまじと見て「エミリア様がこんなことをできるようになるなんて」と嬉しそうだ。
「ケーキでも食べながら、私の話聞いてくれませんか?」
レオさんは私の表情を見て、すべてを悟ったように頷いていた。
***
「まあ、コユキがそう決めたならそれでいいが……あの魔王の事だ、いつか裏切ってくるぞ」
「えー、そんな事絶対にしないよ」
「どうしてそう言い切れる?」
ジョセフは私を睨む。
「んー……なんとなく?」
「なんとなくでこれからの人生を決めたのか、コユキは」
「まあまあ、ジョセフも心配してくれてるんでしょ? ありがと」
そう言うと、ジョセフは照れてしまってプイッと横を向いた。
「そうだ。これ、みんなで食べてよ」
私は冷蔵庫に残っていたケーキを更に3切れ切って、そっと箱に入れる。
「みんなって……」
「ジョセフの仲間。いるでしょ」
「あ、あぁ……ありがとう」
「どういたしまして。そうだ、今度みんなで人間会やろ!」
「……いいかもしれないな。コユキの世界がどんな風なのか、気になるし」
ジョセフは次の仕事があるからと言って、ケーキの箱を持っていってしまった。私は綺麗になった調理室を見渡して、「よし!」と気合を入れ直す。
「さて、今日は何を作ろうかな? エミリアちゃん、トマト食べられないんだよね……」
冷蔵庫の前に立って、食材を呼び寄せる。冷蔵庫の中から「ゴト」と食材が落ちてくるような音が聞こえてきた。
「そうだ! この冷蔵庫って食べ物以外も取り出せるのかな?」
***
「なあに、これ?」
「鮭のトマト煮だよ」
フライパンに鮭の切り身、1cm角に切った玉ねぎとトマトを入れて野菜の水分で煮込んでいく。味付けはコンソメと塩胡椒。エミリアちゃんはまだトマトの酸味に慣れていないから、味をマイルドにするためにケチャップで甘みもプラスした。あとは、バゲットと根菜のスープ。
「わたし、いまおなかいっぱい……」
「こら! エミリアちゃん!」
「ぎゃー!」
席を外そうとするエミリアちゃんの肩を掴む。エミリアちゃんの周りにはパチパチと小さな光の粒が飛び始めた。
「コユキ様! あぶないですよ!」
エゴールが慌てて止めに来ようとしたけれど、今日の私は平気だ。なぜなら【秘密道具】があるから。
「コユキ、手に付けているものはなんだ?」
レオさんが先に気づく。
「これ、電気を通さないゴムの手袋です! 冷蔵庫を通して呼び出してみました」
私の手には半透明のゴム手袋がはめられていた。これでエミリアちゃんの電気魔法に恐れることなく、彼女を抑えることができる。エゴールも「なるほど」と感心していた。
「よし、エミリアちゃん。席に戻って食べよう?」
「うぅ……」
フォークでトマトをいじるエミリアちゃん。『笑顔』には程遠い、苦々しい表情だ。
「ほら、おいしいぞ、エミリア」
レオさんも声をかけてくれるけれど、その渋い顔は収まることはない。エミリアちゃんはため息を大きくついて、私を見上げた。
「ねえ、コユキも一緒に食べよう?」
「……うん、いいよ」
私は用意していた自分の分を調理室に取りに行って、大急ぎで戻ってくる。
「ほら、エミリアちゃん。いただきます」
「……いただきます!」
やけくそといった感じの声だ。恐る恐るトマトをフォークで刺して、口に含む。
「どう?」
「……すっぱいし、あおくさいし、美味しくない」
「そっか」
「これじゃ、コユキはまだまだかえれそうにないわね」
そういって、エミリアちゃんはにやりと笑った。レオさんも「仕方ない」と言わんばかりに肩をすくめる。
「そういう事だ。しばらくかかると思うが……これからもよろしく頼む」
「はい! 分かってます!」
私は鮭を一口食べる。じんわりと広がる玉ねぎとトマトの甘味。この味をどうやったらエミリアちゃんに伝えられるだろう? もっと時間をかけて加熱してみる? それとも、お菓子に混ぜてみる。考えれば考えるほど、それは無限に広がっていく。
頑張って口に入れていくエミリアちゃんを見ながら、思わず笑みがこぼれる。レオさんも見ると、同じように笑っていた。
私たちの『チーム』のゴールは、まだ見えそうにない。けれど、いつかはなくなってしまうであろうこの時間を、私たちは同じように慈しんでいた。
「ねえ、コユキ。ご飯おわったら、またケーキつくろ」
「いいよ。でも、ご飯を全部食べたらね」
「えー!」
「こら、エミリア。コユキのいう事はちゃんと聞きなさい」
私たちのやり取りを見ながら、エゴールは噴き出し、その後思いっきり笑い始める。
「ど、どうしたんだエゴール」
「い、いえ……申し訳ございません。でも、三人の様子を見ていると……何だか家族みたいだと思いまして」
私をレオさんはきょとんと顔を見合わせた。けれど、エミリアちゃんだけはにっこりと笑ってこう返す。
「でしょう? わたしたち、とっても仲良しなんだから!」