話っていったい何だろう。それに、夜食がいらないなんて……珍しいこともあるもんだ。私はエミリアちゃんが残した食器を持って、調理室に戻っていく。そこにはもうエミリアちゃんが待っていた。

「もう、おそいわよコユキ! おなかすいたのに!」
「あれ? ジョセフは?」
「しらな~い」

 と、いう事はジョセフは今もお城の中を駆けずり回っているわけだ。あとで何か差し入れようかな。

「今温め直すから、ちょっと待っててね」
「はーい!」

 レンジに入れて温め直したグラタンをエミリアちゃんに出す。エミリアちゃんはナフキンを付けて、もう準備万端だった。

「もう! コユキはおやさいばっかりだして! ……あち!」

 エミリアちゃんはぷりぷりと怒っている。怒ると体が電気を帯びるのでちょっとやめて欲しい。エミリアちゃんがミニトマトをほおばろうとしたら、中からぶちゅっと中身が溢れ出す。お水で口の中を冷やしてから、今度はふーふーと息を吹きかけて少し冷ましてから食べ始める。グラタンの中にはミニトマトだけじゃない。いんげん、ブロッコリー、シメジ、ニンジン。ありとあらゆるお野菜を入れてみた。野菜を確認してはとても嫌な顔をするけれど、ゆっくり食べていく。……静電気みたいなビリビリが私の元まで来ているけれど。

「でも、食べてくれるようになって良かった」
「しょうがないでしょ! おやさいも食べないと、立派な魔女王になれないじゃない! それに……」
「それに?」

 一瞬、エミリアちゃんの表情が曇ったように見えた。

「ううん、なんでもない」

***

 エミリアちゃんを部屋に送ってから、私はレオさんの執務室へ向かう。この魔王城で過ごすようになって随分時が流れたような気がする。私の体に変化はないけれど、初めの頃は怖かったのに今はそんな事は全くない。
 執務室のドアをノックすると、中から「どうぞ」というレオさんの声が聞こえた。

「レオさん、失礼します」

 執務室の中にはエゴールもいた。けれど、レオさんはエゴールに向かって「席を外して欲しい」なんて言った。エゴールはすぐさま部屋をでていくけれど、そんな大事な話なのかな?

「急に呼び出してすまない、コユキ」
「いえいえ。それで、話ってなんですか?」
「あぁ。最近、エミリアも野菜を食べるようになってきて……とても立派に成長した。そうは思わないか?」
「そうですね! いやぁ、あのエミリアちゃんがあんな風に食べる日が来るとは」
「それで、だ。コユキ、そろそろ自分の世界に戻るのはどうだろう?」
「……え?」

 私はもう一度聞き返す。しかし、レオさんが言う事は同じだった。

「どうして急にそんな事を……」
「急ではない。もともと、エミリアの偏食が良くなったら元の世界へ帰す。そういう契約だっただろう」
「で、でも」
「それに、これ以上コユキを魔国に縛り付けるわけにもいかない。これ以上この国にいたら、この前以上の危険にさらされる可能性もある」
「……」

 どうしてだろう? 早く帰るために今まで頑張ってきたのに、いざ「もう帰っていい」って言われると……胸がぎゅっと押しつぶされる。

「用意ができたら、すぐにでも再び召喚の魔方陣を描こう。いや、もう『召喚』ではないか」
「……はい」

その後、どうやって調理室まで戻ったのか、記憶がない。気づけば調理室で卵を泡立て、小麦粉の生地に混ぜてケーキのスポンジを焼き始めていた。調理室の中にふんわりと甘い香りが漂い始める。

なんだか頭がぼんやりとしている。ぐるぐると渦巻くこの感情がなんなのか、どれだけ考えても思いつかない。私はトッピング用のイチゴを切り、生クリームを泡立てながら大きくため息をつく。まだ、信じられない。元の世界に戻れるなんて。

「そうだ、帰る準備……」

 準備と言っても、すぐに終わってしまうだろう。私の持ち物なんて、お母さんの写真と持ってきた本しかない。10分もしないうちに終わってしまう。

「なんか、あっという間だったな」

 魔国に来てからのできた思い出が、頭の中でぐるぐると周り始める。召喚された当初はエゴールやスライムさんの姿にいちいちびっくりしたけれど、今ではすっかり慣れて仲良くなったこと。テレビの番組を一つ持ったおかげで、城下町の奥様方ともお話するようになったこと。一国の王様、しかも魔王様の事を馴れ馴れしく『レオさん』なんて呼ぶようになったこと。そのレオさんがおいしそうに夜食を食べる事。

 そして、野菜と魚嫌いのエミリアちゃんと、毎日のように追いかけっこしたこと。初めてお野菜のニョッキを食べてくれたときのこと。お弁当を持ってグラフィラ様のお墓参りしたこと。迷子になったエミリアちゃんを探し回ったこと。思い出は、まるで泉のようにこんこんと湧き出る。辛いと思ったことよりも、楽しくて仕方がない魔国での生活だった。

(……それに、エミリアちゃんがお野菜を食べるようになってくれたの、本当に嬉しかったな)

 こみ上げる達成感。私でもできるじゃん。まるでお母さんみたいに、どんな野菜嫌いな子でも食べてくれる料理を作ること。

『小雪の事を【今】必要としている人が、もしかしたらいるかもしれないよ』

 夢で言われたお母さんの言葉。確かに、ここには私の事を必要としている人がいてくれた。でも……私の『夢』は、ここで叶ったのかな?