城の中は、廊下に小さな炎が灯っているのに薄暗かった。窓の向こうもどんよりと曇っていて、何だかいまいち気分が乗らない私の気持ちを表しているようにも思える。
「すまないことをした、急に故郷から引き離してしまい」
「へ?」
見上げると、立ち止まる魔王様の黒い瞳が私の事を映し出していた。
「急に違う世界に連れて来られたのだ、戸惑うのも無理ないだろう」
「はぁ……」
私はその目を見つめ返した。
「やっぱり、王女様の好き嫌いをなくす役目は私じゃない方がいいと思うんです。私だって、まだまだ勉強している身ですし……」
学ばなきゃいけないことは山ほどある。基礎だってまだできていないのに、こんな所で実践に移している場合じゃない。
「私なんかより適任な人、絶対にいますよ。もっとベテランな人とか。あ! 有名な栄養士の先生とか! どうしてそういう人たちじゃなくて、私なんですか?」
「占い師が君にするべきだと言ったからだ」
この人も、その占い師の言葉を信じるらしい。……恨むぞ、そんな事を言った謎の占い師め。
「もちろん、それだけではない」
魔王様は廊下の先を見て再び歩き始めた、私は慌てて魔王様を追った。彼は私に比べると足が長すぎるので、歩くリーチにも差が生まれる。私は少し早歩きでついて行く。
「占い師が、君が最適であると言った後、私は君の事を観察していた」
「えぇ!!?」
私の素っ頓狂な叫びが廊下に響き渡った。魔王様は顔をしかめている。でも、そんな事を言われると恥ずかしくて仕方がない。……一体、私のどんなところを見ていたのだろう。
「へ、変な事は見てないでしょうね!」
「安心してほしい。ずっと君の事を監視していたわけではなく、君の【エイヨウシ】としての素質を見たかっただけだ」
「まあ、それなら良かったですけど……」
お風呂を見られたりってことはなさそうだ。私は胸を撫でおろす。魔王様はもう一度立ち止まり、またまっすぐ私を見つめた。その瞳は、先ほどよりも優しくなったように見えた。
「見ている間、君はとても熱心に勉強していた。他の学生がいなくなる時間まで図書館に残り勉強をし、それに、なによりも子どもの扱いも上手い。よく子どもたちが集まるところにいって、一緒に遊んだりしていただろう」
「あぁ、保育園の事かな?」
子どもと遊ぶのは本来やりたかったこととは少し離れていたのだけど……私は曖昧に頷く。
「それを見て、子どもにも慣れていると思ったんだ。それに……」
「ん? それに?」
「……いや、これはいい。とにかく、君はエミリアのよき理解者になってくれると思ったんだ。だから、君を召喚させた」
魔王様はスッと視線を私からそらした。
「でも、やっぱり困ります。私だって、まだまだ勉強したいことがたくさんあるから、こんな所で油を売っている場合じゃないし」
「そんな事は言わないでくれて。……少しだけでいい。私たちに協力してくれないだろうか? このままでは、エミリアは将来困ることになってしまう」
私はその言葉を聞いて、ふとお母さんの事を思い出していた。そういえば、お母さんも私が大人になってから困らないようにと言って、料理を工夫していた。
そして、頭をよぎるのは……この世界に来る直前に見た【不思議な夢】の事。
――小雪の事を【今】必要としている人が、もしかしたらいるかもしれないよ。
「私の事を、必要としている人……」
「どうかしたか?」
私は魔王様を見上げる。彼は私の考えを探っている様子で、少し不思議そうな表情をしている。
もしかしたら……この人こそ、お母さんが言っていた【私の事を今必要としている人】なのかもしれない。私の背中を押した母の手を思い出す。久しぶりに触れたその温かさは、私に向かってエールを送っているかのようだった。
「そんなに役に立てないとは思うんですけど……いつか、元の世界に戻してくれるって約束してくれるなら」
思わず飛び出ていた言葉に、私も驚いてしまう。でも、私は……夢に出てきたお母さんの言葉を信じてみたくて仕方がなかった。
私の返事を聞いた魔王様は、ほんの少しだけ笑みを浮かべた。それはどこか安堵したかのようにも見える。そして、手を広げた。そこに黒いモヤが集まったと思えば、それはみるみるうちに巻紙に姿を変える。
「なんですか、それ?」
「契約書だ」
魔王様はその巻紙を広げる。そこには私が普段から使っている言語で、色々書いてある。
「君は、エミリアの偏食が治るまでこの世界にいてもらう」
「え!? も、もし王女様の好き嫌いが治らなかったら!? 私ここで寿命を迎えるの!?」
「安心してくれ。魔国にいる間は、君の体の時間を止めて、一切老いることのないようにする。そして、我々の目的が達成され次第、君は召喚された日時、場所に戻す。この契約はどうだろうか?」
「……必ず、それを守ってくれるなら」
「安心してくれたまえ。この契約書に書かれる契約は絶対だ。破れば……それなりの代償を払ってもらうことになる」
「だ、代償って!?」
「さあ、その時にならないとわからない、な」
「すまないことをした、急に故郷から引き離してしまい」
「へ?」
見上げると、立ち止まる魔王様の黒い瞳が私の事を映し出していた。
「急に違う世界に連れて来られたのだ、戸惑うのも無理ないだろう」
「はぁ……」
私はその目を見つめ返した。
「やっぱり、王女様の好き嫌いをなくす役目は私じゃない方がいいと思うんです。私だって、まだまだ勉強している身ですし……」
学ばなきゃいけないことは山ほどある。基礎だってまだできていないのに、こんな所で実践に移している場合じゃない。
「私なんかより適任な人、絶対にいますよ。もっとベテランな人とか。あ! 有名な栄養士の先生とか! どうしてそういう人たちじゃなくて、私なんですか?」
「占い師が君にするべきだと言ったからだ」
この人も、その占い師の言葉を信じるらしい。……恨むぞ、そんな事を言った謎の占い師め。
「もちろん、それだけではない」
魔王様は廊下の先を見て再び歩き始めた、私は慌てて魔王様を追った。彼は私に比べると足が長すぎるので、歩くリーチにも差が生まれる。私は少し早歩きでついて行く。
「占い師が、君が最適であると言った後、私は君の事を観察していた」
「えぇ!!?」
私の素っ頓狂な叫びが廊下に響き渡った。魔王様は顔をしかめている。でも、そんな事を言われると恥ずかしくて仕方がない。……一体、私のどんなところを見ていたのだろう。
「へ、変な事は見てないでしょうね!」
「安心してほしい。ずっと君の事を監視していたわけではなく、君の【エイヨウシ】としての素質を見たかっただけだ」
「まあ、それなら良かったですけど……」
お風呂を見られたりってことはなさそうだ。私は胸を撫でおろす。魔王様はもう一度立ち止まり、またまっすぐ私を見つめた。その瞳は、先ほどよりも優しくなったように見えた。
「見ている間、君はとても熱心に勉強していた。他の学生がいなくなる時間まで図書館に残り勉強をし、それに、なによりも子どもの扱いも上手い。よく子どもたちが集まるところにいって、一緒に遊んだりしていただろう」
「あぁ、保育園の事かな?」
子どもと遊ぶのは本来やりたかったこととは少し離れていたのだけど……私は曖昧に頷く。
「それを見て、子どもにも慣れていると思ったんだ。それに……」
「ん? それに?」
「……いや、これはいい。とにかく、君はエミリアのよき理解者になってくれると思ったんだ。だから、君を召喚させた」
魔王様はスッと視線を私からそらした。
「でも、やっぱり困ります。私だって、まだまだ勉強したいことがたくさんあるから、こんな所で油を売っている場合じゃないし」
「そんな事は言わないでくれて。……少しだけでいい。私たちに協力してくれないだろうか? このままでは、エミリアは将来困ることになってしまう」
私はその言葉を聞いて、ふとお母さんの事を思い出していた。そういえば、お母さんも私が大人になってから困らないようにと言って、料理を工夫していた。
そして、頭をよぎるのは……この世界に来る直前に見た【不思議な夢】の事。
――小雪の事を【今】必要としている人が、もしかしたらいるかもしれないよ。
「私の事を、必要としている人……」
「どうかしたか?」
私は魔王様を見上げる。彼は私の考えを探っている様子で、少し不思議そうな表情をしている。
もしかしたら……この人こそ、お母さんが言っていた【私の事を今必要としている人】なのかもしれない。私の背中を押した母の手を思い出す。久しぶりに触れたその温かさは、私に向かってエールを送っているかのようだった。
「そんなに役に立てないとは思うんですけど……いつか、元の世界に戻してくれるって約束してくれるなら」
思わず飛び出ていた言葉に、私も驚いてしまう。でも、私は……夢に出てきたお母さんの言葉を信じてみたくて仕方がなかった。
私の返事を聞いた魔王様は、ほんの少しだけ笑みを浮かべた。それはどこか安堵したかのようにも見える。そして、手を広げた。そこに黒いモヤが集まったと思えば、それはみるみるうちに巻紙に姿を変える。
「なんですか、それ?」
「契約書だ」
魔王様はその巻紙を広げる。そこには私が普段から使っている言語で、色々書いてある。
「君は、エミリアの偏食が治るまでこの世界にいてもらう」
「え!? も、もし王女様の好き嫌いが治らなかったら!? 私ここで寿命を迎えるの!?」
「安心してくれ。魔国にいる間は、君の体の時間を止めて、一切老いることのないようにする。そして、我々の目的が達成され次第、君は召喚された日時、場所に戻す。この契約はどうだろうか?」
「……必ず、それを守ってくれるなら」
「安心してくれたまえ。この契約書に書かれる契約は絶対だ。破れば……それなりの代償を払ってもらうことになる」
「だ、代償って!?」
「さあ、その時にならないとわからない、な」