淡い茶色の髪に透き通るような青い目。私と外見は違うけれど、彼にツノは生えてはいないし、他に変なところはない。私と同じ、人間にしか見えなかった。

「……えぇ。私はあなたと同じ人間です。唯一違うのが……」

 ジョセフは持っていた剣をレオさんに向ける。

「この男に守られているということぐらいか? 憎きこの魔王に……!」

 レオさんはまっすぐ、ジョセフを睨んでいた。

「お前は忘れているだろうな、魔王。私は先代の勇者……ハリソンの息子だ! お前に殺された勇者のな!」
「お、お、おまえたちだって、おかあさまをころしたくせに!」

 エミリアちゃんが大きな声で言いかえす。

「うるさいクソガキ! もとはと言えばお前たちの存在が諸悪の根源だ!」

 エミリアちゃんがうめき声をあげる。きっと強く締め付けられているんだ。私が「ジョセフ、やめて!」と叫んでも、エミリアちゃんの悲痛な声は消えることはない。

「あなたが間抜けで助かりました、コユキ」
「……え?」
「魔王女・エミリアの姿はトップシークレット。魔国以外に住む者――特に我々のような人間――はその姿を見ることはできない。しかし、魔王女の存在は魔王にとって最大の急所。僕たちは何とかして魔王女の姿を確認しようと奔走していたんです。一目見ればすぐに分かる……そのツノが魔王の血筋であるという証明だから」

 魔導士の女が小さな氷の粒を出してエミリアちゃんのツノにコツンと当てた。エミリアちゃんは頭を振ってそれに抵抗する。

「どうしようかと考えている時、コユキ、あなたに出会ったんですよ。魔王城の者であるいうマントを着て、『小さな女の子を探している』なんて……これはきっと魔王女に違いないと、僕はわざと協力したんですよ」

 あの時、エミリアちゃんが見つかったと思ったら、ジョセフが姿を消してしまったのを思い出す。

「襲撃前に倒れかけたのは失敗でした。それもすべて、この国が悪い。飢える民に手を差し伸べる者はいない……しかしあなただけは違いましたね、コユキ」
「……」
「本当に助かりました。あのまま僕が飢え死にしたら、この計画はそこでおしまいですからね」

 本当に、私がいけなかったんだ。この世界に来てから、レオさんもエミリアちゃんも魔国の人もみんな優しくて……悪意を持っている人なんていないって、勝手に勘違いしていた。ジョセフ達がレオさん達に向けている悪意、父親を殺した相手に復讐をしたい、魔王さえ倒せば国が平和になる。それは分かるけれど……けれど、失いたくないのは、レオさん達だ。私に何か、もっと違う力があればいいのに。今の状態を打破できるような、そんなミラクルな力が。私は人間で、無力だ。

「さて、おしゃべりはここで終わりだ。魔王・レオニード、この二人を助けたいか?」
「……もちろん」
「その命に代えても、か」

 ジョセフは胸元から短剣を取り出し、レオさんに向かって投げつけた。

「それを使って、自身の喉元を突き刺せ」
「レオさん!?」
「おとうさま、だめ!」
「うるさいな、外野は黙っていろ」

 私たちを縛り上げている黒いものが口元を覆う。声を出したくても口を開けることも出来ない。

「それは我が故郷で作られた退魔の剣。お前を殺したいという念を込めて刀鍛冶がつくってくれたものだ。……さあ、魔王・レオニード。おまえの時代はここで終わりだ」

 レオさんはエミリアちゃんを見て――優しく微笑んだ。両手で短剣を握り、顔を上に向け、喉を見せる。剣先はまっすぐ、喉に向かっている。

「コユキ、すまない。エミリアを頼む」

 ダメ! 声を出したいのに出すことはできない。エミリアちゃんが大粒の涙を流してもがいているのが分かる。レオさんは覚悟を決めたように目をぎゅっとつぶった。

 そして、高くかかげる。そのまま一気に喉元に突き刺すつもりだ。

(だめー!!!)

 私の叫びは声になることなく、吸い込まれていく。それはエミリアちゃんも同じ……あれ?

(え、エミリアちゃん?)

 エミリアちゃんの周りに、パチパチと小さな光がはじけている。その光はどんどん大きくなっていく。『パチパチ』は『ビリビリ』に変わり、エミリアちゃんを縛り上げていたものがはじけ飛んでいった。

「な、なんだ一体! おい、早く縛り上げろ!」

 ジョセフも焦ったような声をあげていた。エミリアちゃんは目を開き、大きく息を吸った。そして……

「おとうさまに、ひどいことしないでー!!!」

 叫びと共に、大きな音を立てていくつもの雷が落ちた。氷の壁が崩れ、どっと兵士たちがなだれ込んでくる。

「え、エミリアちゃん!? うわぁ!」

 私を縛り上げていたものもなくなり、大広間の床に落ちていった。痛むお尻を擦っていると、横には黒焦げになったジョセフ達一行が……。

「え、な、なに?」
「大丈夫か、コユキ」
「私は大丈夫だけど……こ、これ、死んでるの?」