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エミリアちゃんが眠りについた後、私はレオさんの執務室に来ていた。夕食の場で上がった『城下町の噂話』について話すために。グラフィラ様を殺した者を生んだ集落から、また魔王を狙って魔国に来ようとしている……まだ幼いエミリアちゃんにはショッキングすぎる話だ。
私の話を最後まで聞いたレオさんは「実は」と切り出した。
「同じ話を私も聞いていた」
「あ、そうだったんですね」
「しかし、市井に広がっていると考えると……これ以上この噂話を野放しにしておくわけにはいかないな」
レオさんは困ったようにため息をつく。
「……この話は内密にしておいてくれるか? 特に、エミリアには」
「もちろんです」
「ありがとう。コユキも、しばらくは城下町に行かない方がいい。安全が確認できるまで、城にいてくれ」
「はい。……あの、エミリアちゃんの幼稚園は?」
せっかく楽しそうにしているのに、通えなくなるのはかわいそうだ。
「……幼稚園はそのままにしておこう。急に行くなと言われたら、エミリアも勘付くかもしれない」
「わかりました」
私は執務室を出て自分の部屋に向かう。すると、部屋の前で小さな人影が見えてくる。
「……エミリアちゃん?」
エミリアちゃんは真っ白なワンピースタイプのパジャマを着て、枕を抱えてじっと立ち尽くしている。慌てて駆け寄ると、エミリアちゃんは「コユキ~」と少し泣きそうな声で私を呼んだ。
「どうしたの?」
「こわいゆめみたの」
「夢?」
「うん。……コユキもおとうさまもいなくなっちゃうゆめ……」
エミリアちゃんの声はか細く震えていた。私はその小さな体を抱きしめる。
「だから、コユキといっしょに寝てもいい?」
「うん、もちろん」
「やったー!」
エミリアちゃんを部屋に招き、ベッドに乗せる。エミリアちゃんは枕を置いて、すぐに横になる。お腹を優しく撫でている内に、エミリアちゃんからは寝息が聞こえてきた。ずいぶん寝つきのいい子だ。私からも欠伸が漏れる。
(今日は結構歩き回ったから、疲れちゃったな……)
そう思った瞬間、眠気がどっと押し寄せてきた。静寂な夜の気配に包まれながら、私は眠りにつく。……今日と同じ日が明日も続くのだと信じきって。
次の朝、私を起こしたのは目覚まし時計のアラームではなく……大きな爆発音だった。
「えっ!!? な、なに!?」
それも、一度だけではない。ドッカン!! ドッカン!!と大きな音が何度も響き渡る。エミリアちゃんも飛び起きて、私に縋り付いた。
「コユキ、なに? なにがあったの?」
「わ、わかんない……」
エミリアちゃんの手は震えている。私はその小さな体をぎゅっと抱きしめて、何度も「大丈夫だよ」と繰り返す。けれど、そんな保証はどこにもない。平和ボケしている私にだって、何が起きたかすぐに分かった。この城は襲撃を受けているのだ、きっと【勇者】と呼ばれる一団によって。
「コユキ様! エミリア様がいなくて……!」
焦った表情のエゴールが私の部屋に飛び込んでくる。そして、私の腕の中にいる小さな姿を見て、安心したように大きく長く息を吐いた。そして、へなへなと崩れ落ちていく。
「よ、よかった~~。てっきり賊に攫われたかと……」
「エゴール、何があったの? 教えて!」
「先ほど、城に向かって強力な炎魔法が撃ち込まれました。それにより結界が崩れ、少数ではありますが城に賊が入ってきております!」
瞬く間にシャキッといつもの姿を取り戻したエゴールは、私の部屋にツカツカと踏み込み、本棚を動かした。その裏には、下に向かう階段がある。
「お二人は早くシェルターへ!」
「まって! おとうさまは!?」
「魔王様は先陣に立って指揮を執っておられます」
「やだ、おとうさまもいっしょがいい!」
エミリアちゃんは泣き出して、私の腕から飛び出そうとする。私はその体を押さえつけるように抱きかかえ、階段に向かう。
「シェルターにいたら安全なのよね?」
「えぇ、もちろん! エミリア様の事、よろしくお願いいたします」
「わかった。エゴールも気を付けて」
エゴールは素早く走り去ってしまう。私も泣きじゃくるエミリアちゃんを抱いたまま、一目散に階段を下り始めた。遠くから本棚が動く音が聞こえてきた。私はどんどん前に進んでいく、もう階段を下っているのか昇っているのか分からなくなった時、ようやっと開けた場所までたどり着いた。
「……ここって……」
私には見覚えがあった。私が召喚された地下室。ここと私の部屋って繋がっていたんだ。
「コユキのバカ! はなしてよ!」
エミリアちゃんは私の腕の中でじたばたと暴れる。私は座り込み、エミリアちゃんと目を合わせる
「今お城の中は危ないんだよ。私とここにいよ? ね?」
「いや、おとうさまといっしょにいる!」
「エミリアちゃん、お願いだから言う事聞いて!」
「いやっ! おとうさまも死んじゃったら、どうしたらいいの!?」
エミリアちゃんの眼から、大粒の涙が落ちる。それを見て、私はハッと押し黙ってしまった。
「エミリアだってばかじゃないもん。……ゆーしゃが来てるんでしょ? おかあさまを殺したやつら……」
「それは……大丈夫だよ、レオさん、強いから」
「でも、もしかしたら……」