(……あれ? もしかして……)

 歩いていると、ゆらりと揺れるマントが目に入ってきた。あの姿には見覚えがある。いつかエミリアちゃんが城下町で迷子になったときに、見つけるのを協力してくれた人に似ている。私は早歩きで近づいていく。彼の歩みが遅かったおかけで、すぐに追いつくことができた。

「あの!」
「!?」

 声をかけると、驚いたように振り返る。顔の下半分しか見えないけれど、やっぱりあの人だ。

「良かった、会えて! 幽霊じゃなかった! 私の事、覚えてませんか?」
「あ、あの、迷子になった女の子を探していた……」
「そうですそうです! あなたのおかげで見つかったのに、お礼もできなくて……その節は大変お世話になりました」
「い、いえ、お気遣いなく……」

 彼はどこか気まずそうにしていた。私の顔を見ようとしない。首を傾げていると、彼の体がぐらりと大きく揺れて、倒れ込んでしまった。私はとっさに支える。

「大丈夫ですか?」
「は、はい、大丈夫……」

 そう言った彼のお腹から、大きな音が聞こえてきた。彼はバツが悪そうに俯く。

「もしかして、お腹空いてる?」
「はい……もう何日も食事にありつけていなくて」
「大変じゃないですか! そうだ!」

 良い事を思いつく。

「あの、ご飯作ってもいいですか?」
「……はい?」
「ずっとお礼したかったんです! 材料ならここにありますから、どうですか?」

 もう一度彼のお腹が「ぎゅるるるる~」となる。彼は「お願いしてもいいですか?」と少し恥ずかしそうにつぶやいた。

 私は彼を支えながら自宅へ向かう。城下町から離れた林の中に、こじんまりとした小さな家が現れた。

「何日もご飯食べてないって……一体どうしたんですか?」

 かまどに火を付けながら私が訪ねる。彼はベッドにマントを着ながら横たわっている。

「田舎から出てきたんですけど、持ってきたお金が尽きてしまって。だからと言って、仕事も中々続けることができませんし」
「そうだったんですね……」

 何か辛い重労働ばかりしているのかもしれない。仕事を紹介できないかな? レオさんに聞いてみようと考えながら、私は買い物袋から青果店で買った食材を出す。穀物、トマトに似た赤い実、玉ねぎの代わりになるような緑色の丸い野菜。あとはニンジンみたいな根菜に、葉物野菜。

「あの、何を作るんですか?」
「リゾットです! 弱った体にいいかなって」
「……りぞっと?」

 聞いたことがない様子だ。

「いいから寝ててください! 勝手にやってますから!」

 鍋に玉ねぎ(っぽい野菜)とニンジン(のようなもの)と葉物野菜を入れて、野菜の出汁が出たスープを作る。スープが出来上がったら、小さな鍋に必要な量だけ取って、角切りにしたトマトを入れておく。それをあらかじめ炒めていた穀物が入ったフライパンにいれて、煮込んでいく。調味料で味を調えるのを忘れずに。お野菜だけだからあっさりとした出来上がりだったけれど、体に優しいかも。私が出来上がったそれを持ってテーブルに向かうと、ベッドから勢いよく起き上がってきた。

「……い、いただきます!」

 そう言って、がつがつと食べていく。この時もマントを脱ごうとはしない。

「も、もう少しゆっくり……ちゃんと噛まないと……」

 と言っても、彼は話を聞こうとはしない。あっという間に食べ終わってしまって、フライパンに少しだけ残っていたあまりと、スープを取るために鍋に入れていた野菜たちもぺろりと食べてしまった。エミリアちゃんにこんなものを出したら渋々食べるのに……それはあまりにも清々しい食事風景だった。

「ごちそうさまでした!!」

 元気を取り戻したのか、言葉に覇気があった。私は「どういたしまして」と返す。

「久しぶりにまともな食事を取ることが出来ました。……これから大事な仕事を控えているので助かりました。本当にありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそありがとうございました。迷子探しに協力してくれるだけじゃなくて、こんなにいい食べっぷりまで見せてくれて。作った甲斐があります」
「おいしかったですよ」

 彼は満腹になったお腹を撫でる。

「あの、気になっていることがあるんですけど、いいですか?」

 私は意を決して聞いてみる。

「どうしてマントを脱がないんですか?」

 そう尋ねると、彼は被ったフードを深くかぶり直す。

「気に障ったならごめんなさい! ちょっと気になっただけだから……答えたくないならそれでいいから!」

 彼は何度も頷いた。うっかり地雷を踏みぬいてしまったみたいだ、肝が冷える。私は大きく息を吐いた。