私がそう返事をすると、執務室はまたしんと静まり返った。レオさんはサンドイッチを食べ始める。
「……あの、レオさん。私も聞きたいことがあるんですけど」
それを打ち砕くように、私は思い切って口を開く。口をもぐもぐと動かしているレオさんは私の言葉を促すように頷く。
「最近、なんだか私に冷たくないですか?」
レオさんの肩がぎくりと震える。
「もし私が何か気の障るような事をいったのであれば、教えてください。教えてもらえないと、正すことなんてできないから」
「いや、コユキは悪くない。これは私……私たちの問題だからだ」
レオさんは大きく息を吐いて、もう一度アイスティーを飲む。
「この前、エミリアに言われたんだ。『コユキに母親になってもらおう』と」
「あー……私も似たようなこと言われましたよ」
断ったけど、と付け加えると、レオさんは申し訳なさそうに眉を下げた。
「幼い子どもの冗談だ。気にしないでくれ」
「あはは! 大丈夫ですって、はじめか真面目に取り合ってないですってば。……もしかして、レオさん、私が本気にして結婚迫ると思いました?」
「いや、そういう訳では……」
レオさんの横顔がバツが悪そう……というよりは、なんだか寂しそうだ。
「コユキには散々世話になっているのに、こんなワガママを言うなんて。本当に申し訳ない」
「いや、エミリアちゃんのワガママは今に始まったことじゃないですし。それに、私、その気持ちがちょっとわかるんです」
口に出しては言わなかったけれど、何度か「新しいおかあさんがきたらいいのに」って思った事はあった。
けれど、そんな考えはすぐに自分の中で打ち払ってしまう。私にとって、お母さんは一人きりしかいない。
「しかし、コユキの母君が亡くなったのは子どもの頃だろう? エミリアが母を失ったのは、まだあの子が赤ん坊だった時だ。君とはわけが違う。あの子は、母親の暖かさを知らないまま大人になっていく」
レオさんの声音はとても重かった。私は口を挟むことも出来ず、真剣に耳を傾ける。
「私は、グラフィラ以外の女性と共に生きるつもりはない。だから、あの子に新しい母親を迎えることはできない」
「……」
「だからこそ、君から少し距離を取ったんだ」
「……もしかして、私たちが仲良くして、エミリアちゃんが勘違いしないように?」
レオさんは頷いた。
「……確かにそれも大事かもしれないですけど、私、それは良くないと思います」
まっすぐ彼を見つめると、レオさんは少し不安げな視線を私に向けた。
「エミリアちゃんの好き嫌いを直すのは、本人の努力も大事だけど……それ以上に、私たちの信頼関係が重要だと思うんです。だって、お父さんと食事係が仲悪かったら、エミリアちゃんだって私に対して不信感を抱くと思うんです。これは、私とエミリアちゃんの二人三脚じゃない。レオさんも含めたチームなんです!」
私はレオさんに近づく。初めて見た時は怖い魔王様だと思ったけれど、今は、娘と奥さん思いの優しい人であることを知っている。だからこそ、協力してもらわなきゃいけない。
「エミリアちゃんのためです。私といつも通りの関係に戻ってください」
私は手を差し出した。
「……チーム、か。今まで一人で行動することが多かった私には新鮮な言葉だ」
レオさんが私の手を取った。大きくてカサカサしていて、暖かな手だった。ぎゅっと握ると、レオさんも握り返してくれる。
「これで、元通りってことで」
「……あぁ、これからもよろしく頼む、コユキ」
「もちろんです! レオさんも、よろしくお願いしますね!」
***
翌朝、エミリアちゃんが帰ってきた――と思ったら、お迎えのためにお城のエントランスにいた私に飛びついてくる。
「エミリアちゃん?」
そう尋ねた瞬間、エミリアちゃんの「うわぁあーーーーん!!」という泣き声が城中に響き渡った。
「ざみ゛じがっだぁぁああ!」
そう言って、エミリアちゃんは強くしがみつく。その姿がなんだか可愛らしくて、私からは笑みが溢れていた。
「な゛ん゛でわ゛ら゛う゛の゛ぉぉぉ」
「ご、ごめん。大変だったね、エミリアちゃん」
それでも、くすくすと声が漏れてしまう。私が笑うたびに、エミリアちゃんは大粒の涙を流しながら怒っていた。
「あ、レオさん」
エミリアちゃんが帰ってきたという知らせを聞いたレオさんが黒いモヤと共に姿を現す。エミリアちゃんはレオさんに飛びつき、レオさんも小さな体をぎゅっと抱きしめた。
「よく頑張ったな、エミリア」
「わ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
大きな泣き声だったけれど、レオさんの胸に収まっていると次第に、しくしくと小さくなっていく。レオさんはエミリアちゃんを抱きしめながら笑っていた。それを見ていると、偵察に行っていたエゴールも帰ってきた。
「お疲れ様」
「いえいえ、これくらい。エミリア様、とても立派でございました。ご友人と仲良く過ごし、夜もすんなりお眠りに……」
「ご飯の時間は?」
「……そ、それは……」
大体察しが付く。私からは苦笑が漏れた。親子の久しぶりの対面に満足したエミリアちゃんはレオさんから離れて、今度は満面の笑みを見せる。
「やっぱり、おとうさまとコユキと、みんながいるお城がいちばんだわ!」
「……あの、レオさん。私も聞きたいことがあるんですけど」
それを打ち砕くように、私は思い切って口を開く。口をもぐもぐと動かしているレオさんは私の言葉を促すように頷く。
「最近、なんだか私に冷たくないですか?」
レオさんの肩がぎくりと震える。
「もし私が何か気の障るような事をいったのであれば、教えてください。教えてもらえないと、正すことなんてできないから」
「いや、コユキは悪くない。これは私……私たちの問題だからだ」
レオさんは大きく息を吐いて、もう一度アイスティーを飲む。
「この前、エミリアに言われたんだ。『コユキに母親になってもらおう』と」
「あー……私も似たようなこと言われましたよ」
断ったけど、と付け加えると、レオさんは申し訳なさそうに眉を下げた。
「幼い子どもの冗談だ。気にしないでくれ」
「あはは! 大丈夫ですって、はじめか真面目に取り合ってないですってば。……もしかして、レオさん、私が本気にして結婚迫ると思いました?」
「いや、そういう訳では……」
レオさんの横顔がバツが悪そう……というよりは、なんだか寂しそうだ。
「コユキには散々世話になっているのに、こんなワガママを言うなんて。本当に申し訳ない」
「いや、エミリアちゃんのワガママは今に始まったことじゃないですし。それに、私、その気持ちがちょっとわかるんです」
口に出しては言わなかったけれど、何度か「新しいおかあさんがきたらいいのに」って思った事はあった。
けれど、そんな考えはすぐに自分の中で打ち払ってしまう。私にとって、お母さんは一人きりしかいない。
「しかし、コユキの母君が亡くなったのは子どもの頃だろう? エミリアが母を失ったのは、まだあの子が赤ん坊だった時だ。君とはわけが違う。あの子は、母親の暖かさを知らないまま大人になっていく」
レオさんの声音はとても重かった。私は口を挟むことも出来ず、真剣に耳を傾ける。
「私は、グラフィラ以外の女性と共に生きるつもりはない。だから、あの子に新しい母親を迎えることはできない」
「……」
「だからこそ、君から少し距離を取ったんだ」
「……もしかして、私たちが仲良くして、エミリアちゃんが勘違いしないように?」
レオさんは頷いた。
「……確かにそれも大事かもしれないですけど、私、それは良くないと思います」
まっすぐ彼を見つめると、レオさんは少し不安げな視線を私に向けた。
「エミリアちゃんの好き嫌いを直すのは、本人の努力も大事だけど……それ以上に、私たちの信頼関係が重要だと思うんです。だって、お父さんと食事係が仲悪かったら、エミリアちゃんだって私に対して不信感を抱くと思うんです。これは、私とエミリアちゃんの二人三脚じゃない。レオさんも含めたチームなんです!」
私はレオさんに近づく。初めて見た時は怖い魔王様だと思ったけれど、今は、娘と奥さん思いの優しい人であることを知っている。だからこそ、協力してもらわなきゃいけない。
「エミリアちゃんのためです。私といつも通りの関係に戻ってください」
私は手を差し出した。
「……チーム、か。今まで一人で行動することが多かった私には新鮮な言葉だ」
レオさんが私の手を取った。大きくてカサカサしていて、暖かな手だった。ぎゅっと握ると、レオさんも握り返してくれる。
「これで、元通りってことで」
「……あぁ、これからもよろしく頼む、コユキ」
「もちろんです! レオさんも、よろしくお願いしますね!」
***
翌朝、エミリアちゃんが帰ってきた――と思ったら、お迎えのためにお城のエントランスにいた私に飛びついてくる。
「エミリアちゃん?」
そう尋ねた瞬間、エミリアちゃんの「うわぁあーーーーん!!」という泣き声が城中に響き渡った。
「ざみ゛じがっだぁぁああ!」
そう言って、エミリアちゃんは強くしがみつく。その姿がなんだか可愛らしくて、私からは笑みが溢れていた。
「な゛ん゛でわ゛ら゛う゛の゛ぉぉぉ」
「ご、ごめん。大変だったね、エミリアちゃん」
それでも、くすくすと声が漏れてしまう。私が笑うたびに、エミリアちゃんは大粒の涙を流しながら怒っていた。
「あ、レオさん」
エミリアちゃんが帰ってきたという知らせを聞いたレオさんが黒いモヤと共に姿を現す。エミリアちゃんはレオさんに飛びつき、レオさんも小さな体をぎゅっと抱きしめた。
「よく頑張ったな、エミリア」
「わ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
大きな泣き声だったけれど、レオさんの胸に収まっていると次第に、しくしくと小さくなっていく。レオさんはエミリアちゃんを抱きしめながら笑っていた。それを見ていると、偵察に行っていたエゴールも帰ってきた。
「お疲れ様」
「いえいえ、これくらい。エミリア様、とても立派でございました。ご友人と仲良く過ごし、夜もすんなりお眠りに……」
「ご飯の時間は?」
「……そ、それは……」
大体察しが付く。私からは苦笑が漏れた。親子の久しぶりの対面に満足したエミリアちゃんはレオさんから離れて、今度は満面の笑みを見せる。
「やっぱり、おとうさまとコユキと、みんながいるお城がいちばんだわ!」