一口食べると、クリームの甘さとフルーツの酸味がいい感じに調和している。エミリアちゃんは口の端っこに生クリームを付けていたから、それを手拭きでさっと拭いながら聞いてみた。エミリアちゃんは少し首を傾げて「うーん」と唸り声をあげる。

「も、もしかして楽しくない!? 誰かいじわるする子がいるとか……?」
「ううん、ちがうよ。幼稚園はたのしいよ、みんなであそんだり、うたをうたったり……でも、おべんとうの時間がね」

 エミリアちゃんはフォークを置いて少しうつむいた。

「コユキが作ってくれたおべんとう、おいしかったよ。けどね、みんな、おかあさんがつくってくれるの」

 彼女が感じた寂しさ、私には覚えがあった。遠足の時、周りの皆はお母さんが作ったお弁当なのに、私だけコンビニで買ったおにぎり。みんなが羨ましくて仕方がない。あの日の寂しさが胸の中に痛みを伴って蘇る。

「いいなっておもっちゃった。コユキがつくってくれるのが嫌なわけじゃないの。でも、おかあさまだったらどんなおべんとうつくってくれるかなって」

 エミリアちゃんの声が、わずかに震えているような気がした。私がその小さな肩にそっと手を乗せると、エミリアちゃんはぱっと勢いよく顔をあげる

「あーあ、コユキがおかあさんだったらいいのに!」
「……へ?」
「だって、コユキはやさしいし、りょうりもじょうずだし。おかあさんってそういう人なんでしょ?」
「でも一概にそうは言えないんじゃないかな……?」
「おとうさまに話してこようかな? 『コユキのこと、エミリアのおかあさまにして』って!」

 私は飛び出して行こうとするエミリアちゃんを抑える。

「れ、レオさんだって、急にそんな事言われたらびっくりしちゃうよ?」
「えー、いいとおもったんだけどなぁ」

 エミリアちゃんはがっくりと肩を落とす。エミリアちゃんに悪いけれど、その案に乗ることはできない。

(だって、それって……レオさんと私が結婚するってことでしょ? ないない)

 私の口からは乾いた笑いが漏れた。

***

 エミリアちゃんが幼稚園に慣れた頃、おたよりを持って帰ってきた。エミリアちゃんは少し緊張した面持ちでそれをレオさんに渡す。私はそれを後ろから覗き込むけれど、文字が読めないから何が書いてあるのかはさっぱり分からない。そんな私を尻目にレオさんは「ほー」と声をあげた。

「幼稚園でお泊り会をやるのか」
「へー! 楽しそうだね、エミリアちゃん」

 しかし、エミリアちゃんは少し難しい顔をしている。レオさんはそれに気づいて、声をあげて笑った。

「なんだ、緊張しているのか?」
「……だって、お城いがいのところでおとまりなんて、したことないもん……」
「お友達と一緒に晩ご飯食べたり、みんなで並んで寝るのも楽しいよ」

 私も子どもの頃、林間学校でお泊り会をしたものだ。懐かしい。
 
 エゴールはおたよりを何度も読み返し、胸をどんと叩く。

「必要なものは全て私が揃えるのでご安心してください、エミリア様。可愛い寝間着も用意いたしますので!」
「ホント? みんなのよりかわいい?」
「もちろんでございます!」

 エミリアちゃんの顔に笑顔を見せる。私とレオさんは顔を見合わせてほっと胸を撫でおろすけれど、レオさんはすぐに顔を反らせてしまった。

(……あれ?)

 なんだか、いつものレオさんじゃないみたいだ。私はどこか具合が悪いのかと聞いてみようとしたけれど、彼はエゴールに「お泊り会のこと、よろしく頼む」と言っていなくなってしまった。そう言えば、最近あまりレオさんと話をしていない気がする。……何か気に障るような事をしたかな?

「ねえ、コユキもねまきえらぶのてつだって!」

 エミリアちゃんがそう言って私の手を握る。私は「もちろん」と返すと、彼女はにっこりと笑った。

 お泊り会の日はあっという間にやってきた。エミリアちゃんはリュックサックに荷物を詰め込み、やっぱり緊張した面持ちでお城を出発した。今日はお弁当も晩ご飯も作らなくていいし、しばらく料理番組の撮影もない。この世界に来て、こんなに時間が余るのは初めてだった。だからと言って、やることはあまり変わらない。

「次の番組、何作ろう。そろそろネタ切れなんだけどな……。ねえ、エゴールは何がいいと思う?」

 この前の里帰りの時に持ってきたレシピ本をぺらぺらめくりながらエゴールにそう問いかける。しかし、返事はない。

「ねえ、エゴールってば」

 顔をあげると、そわそわと落ち着かないエゴールがいた。

「……なに? エミリアちゃんの事が心配なの?」
「当たり前じゃないですか! エミリア様がお城の外で過ごすなんて初めてですし、何かあったら一大事ですぞ」
「でも、幼稚園の周りはいっぱい警備兵で囲ってるんでしょう?」

 万が一、襲撃を受けたとしても大丈夫なように精鋭部隊を派遣していると自慢していたのはエゴールだ。それでも、気になって仕方がない様子。私は呆れながらせわしないエゴールを見ていると、大きな音を立てて調理室のドアが開いた。