「エミリアの様子を見に行ってほしい」
「ほら! どうせそんな事を言うと思った」
「コユキ様、参りましょう!」
「だから、心配しなくても大丈夫だって……」
「魔王様の命令を背くつもりですか!?」

 エゴールは指を振ったと思えば、私の体はふわりと浮いた。どれだけ抵抗しても宙に浮いたままではそれは敵わず、私はそのまま外に連れ出されてしまった。レオさんからの【特命】を受けたエゴールは張り切っている。

 幼稚園は、魔王城から歩いて数分の場所にある。エミリアちゃんが通いやすいようにそこに作られたらしい。私たちは生け垣の隙間から園庭を覗き込む。

「あ、いましたよ、エミリア様!」
「え? どこどこ?」

 エゴールが指さす方向を見ると、女の子モンスターに囲まれたエミリアちゃんの姿が見えた。ニコニコと笑っていて、リラックスしているのが見ているだけでわかる。私もエゴールも胸を撫でおろした。

「……何をしてるんでしょうかね?」

 エミリアちゃんたちの手元には何かオモチャがあるのがわかるけれど、どんな遊びをしているのか、声が聞こえてこないのでわらかない。

「まあ、エミリアちゃんが楽しそうにしているならいいんじゃない?」
「そうですね。魔王様にもいい報告ができます」

 レオさんはお城の中できっとそわそわしているだろう。早く帰って様子を教えてあげよう……そんな事を考えていると、園舎から先生らしき人が出てきた。

「みんなー! お昼ご飯の時間ですよー!」

 子ども達は一斉に「はーい」と返事して、おもちゃを片づけ園舎に向かっていく。帰ろうとするエゴールを鷲掴みにして、私はここにとどまることにした。

「なんですか、乱暴はよしてくださいよ」
「どの口がそんなこと言ってるのよ! エミリアちゃん、これからお弁当を食べるみたいだから、それだけ見せて!」
「まったく、仕方ないですねぇ……」

 ありがたいことに、エミリアちゃんはちょうど園庭側の席に座っていて、その様子がよく分かる。周りの子ども達と同じように手を合わせて「いただきます」と言ってから、そわそわとお弁当を開けた。その表情がふわっとほころぶのが見えて、私はほっと安心する。

「お弁当、何を入れたんですか?」
「サンドイッチと、ウィンナーとカボチャのサラダ、それとゆで卵」

 サンドイッチはハムチーズとジャム。ウィンナーはタコさんにして、ゆで卵は白身の半分ほどを切り取って、黄身に顔を描くように黒ゴマを付けた。カボチャのサラダはエミリアちゃんが嫌がらずに食べてくれる数少ない野菜料理。他の子たちを同じように、ちゃんと食べてくれている。

「これなら安心ですね」

 エゴールはほろりと涙をこぼしていた。赤ちゃんの時から見てきたエミリアちゃんの成長にじんわりと感動しているのだろう。私もその言葉に頷こうとしていた。

(……あれ?)

 お友達と楽しそうに話しながらお弁当を食べていたエミリアちゃんの表情が、ほんの少しだけ曇ったように見えた。

(どうしたんだろ?)

 私は身を乗り出してエミリアちゃんの様子を窺う。その時、生け垣ががさっと音を立てた。

「ちょっと、コユキ様、これ以上は……!」

 私の事を止めようとするエゴールは、そこで声を止める。大きな影が私たちを覆いかぶさるのに気づいたからだ。ぎこちなく振り返ると、ピンクのエプロンをかけた大きな鬼のモンスターが私たちを見下ろしていた。幼稚園の先生だ。

「お城の方々、困ります。王女様の事が気になるのは分かりますが、こうやって見張られては、健全な保育は出来ません」
「すみません! すぐ帰りますので!」

 エゴールは私をひきずり、そのまま一目散にお城に向かって走っていった。

 お城についてから、エゴールはさっそくレオさんにエミリアちゃんの様子を報告しに行っていた。私は夕食と明日のお弁当の支度をするために調理室にこもったけれど、あの表情が何度も頭をよぎり、いまいち集中できずにいた。頭を働かせるために糖分でも取ろう、そう考えた私は生クリームを泡立て始める。しっかりと生クリームの角が立ったころ、幼稚園の制服のまま、エミリアちゃんが調理室にやってきた。

「ただいまー! コユキ、みて! おべんとう、ぜんぶたべたよ」

 そう言って、お弁当箱の蓋を開ける。すっかり空になっていたそれを見て、私はほっと胸を撫でおろす。やっぱり気のせいだったみたい、と。

「良かった! そうだ、エミリアちゃん、お腹空いてない?」
「すいた。おやつある?」
「これからパンケーキでも焼こうかなって思ってたところなの。生クリームもたっぷりつけて。エミリアちゃん、食べていく?」
「たべる! あ、ふくきがえてくるから、まってて!」

 慌てて飛び出して行くエミリアちゃんを見送り、私はパンケーキを焼き始める。晩御飯が食べられなくなったら困るから、あまり大きく焼くのはやめておこう。生クリームは余ったら冷凍しておいて、今度別の物にアレンジしよう……そんな事を考えている内に、いつものふんわりとしたワンピースを着たエミリアちゃんが戻ってきた。

「いただきまーす!」

 ミニサイズのパンケーキに、生クリームとフルーツ。エミリアちゃんだけじゃなくて私の眼もキラキラ光っているに違いない。

「エミリアちゃん、幼稚園はどうだった?」