「……えー、ほ、本日は、エフニルを使った、ろ、ローストビーフの作り方を紹介します」

 私の目の前には黒い水晶玉が浮かんでいる。それ以外にも、この【スタジオ】にはスタッフのゴブリンが大勢いて、私についてきたエゴールを見つけるのが難しい。それに、緊張のあまりそれどころではない。私は今、魔国の国民全員に【料理を教えている】のだから。

 一時的な里帰りの数週間後、技術部によるテレビの解析が終わった(ばらばらになってしまったテレビを見て、私はめまいを起こしてしまった。その近くでパソコンもばらばらになっていた。泣いた)。そしてその翌週には、国全土に向けての【テレビ放送】が始まった。
 さすがにまだ家庭に1台のテレビを用意することはできなくて、集会所や大きな公園などに設置した。番組の内容もニュースや天気予報といった生活に欠かせないもの。天気予報が分かりやすくなったおかげで、野菜の生育がスムーズになって、青果店の店長も大喜び。そして、なぜか私が出演する料理番組も始まってしまった。エミリアちゃんの食事だけじゃなくて番組用の料理の考案。最近、私の脳みそと調理室はフル稼働だ。
それに、最近料理番組のせいで城下町に行きづらい。

「あら、コユキ先生だわ」
「ほんと! 今日のテレビ見たわよ、美味しそうだったからうちも今日真似してみようと思って」
「コユキ先生、次はどんな料理をつくるのかしら?」

 それに、城下町に行くたびに、こんな風にモンスターの奥様方に囲まれるようになってしまった。「先生」なんて呼ばれるほど立派な人間じゃないのに……呼ばれるたびに、なんだか恥ずかしくなってしまう。けれど、良い事もたくさんあった。奥様方に魔国の食材について教えてもらったり、情報交換をしたり。今日使った【エフニル】なる食肉もそう。私の世界にある牛肉と食感が似ていたから、ローストビーフ風にアレンジしてみた。出来上がった料理を、カメラ代わりの水晶玉がドアップで撮っていた。

撮影が終わり、椅子に座り込むとエゴールが水を持って近づいて来る。

「お疲れさまでした、コユキ様! 料理番組の評判は上々ですよ」
「でも、アレには負けるんだよね……」
「仕方ありませんよ。気軽に楽しめるエンターテイメントには勝てませんから」

 ニュース、天気予報、料理。始まった番組はそれだけじゃない。私の世界でエミリアちゃんが食い入るように見つめていた、子ども向けのアニメや教育番組。それらは子どもだけじゃなくて、大人の間でも流行っているらしい。教育番組の中には文字を教えてくれるものまであって、田舎の識字率が徐々に上昇しているというデータも上がってきた。どうやらレオさんは、教育に力を入れる方針にしたらしい。

「さて、コユキ様! 次はお弁当作りですよ!」
「ホント! 急がないと」

 その一環として、明日から幼稚園が開園されることとなった。まずはこの国の将来を担う子どもを育成していくために。しかも、幼稚園には無料で通うことができるらしい。レオさん、とても太っ腹な魔王様だ。

「しかし、エミリア様は上手くやっていけるでしょうか……」

 そして、その幼稚園にはエミリアちゃんも通うことになっている。エミリアちゃんはもう朝からそわそわとしていて、どことなく表情も硬い。緊張しているのが見ているだけで伝わってくる。

「エミリア様は今まで同年代の子どもと接することはありませんでしたから。わがままを言っていじめられるのではと、不安で不安で……」

 緊張しているのはエミリアちゃんやエゴールだけではなく、レオさんも同じみたいだった。この一週間で仕事のミスが増えたり、うわの空になってはしょっちゅう壁にぶつかっている。

「まあ、先生も見てくれるんでしょ? 大丈夫だって。さーて、私はエミリアちゃんが楽しんでくれるお弁当を作るかな」

 幼稚園にはお弁当が必須で、私はそれを作る役目も担っていた。初登園の日くらい、好き嫌い克服を忘れて彼女が食べられるものだけを入れようかな、なんて考える私も少し不安になっているのかもしれない。

「試食、お手伝いしましょうか?」
「いや、良いって。エゴール、テレビの仕事忙しいんでしょ? あとで差し入れ行ってあげるよ」

 エミリアちゃんのお弁当のあまりだけど。それは言わないでおこう。差し入れと言う言葉にエゴールはとても喜んでいる。
 私は別のスタジオに向かうエゴールと別れて、調理室に向かっていた。


***


「不安だ」

 翌朝、エミリアちゃんは強張った表情のまま幼稚園へ向かっていった。その一時間後、同じような顔をしたレオさんがそう呟くのが、お茶の差し入れに行った私の耳に飛び込んできた。仕事に集中できない様子で、書類の山は全く減っていない。

「あの子は上手くやれているだろうか。いじめられたりしないだろうか」
「心配しすぎですって。子離れも大事ですよ」
「そう簡単に言わないでくれ。あの子はこの城ではない場所で過ごすのは初めてなんだ。今頃不安で泣いているかもしれない」

 レオさんは貧乏ゆすりを繰り返す。確かに、私も少し心配だけど……。

「それなら、幼稚園なんて作らないでずっとお城で見ていれば良かったのに、っておもうんですけど」
「それはそうだが……あの子は将来魔女王となり、この国を背負って立つ身。国民を第一に考えられるようになるには、幼いうちから国民と接しておく必要があるはずだ。私には貴族の子ども達が友人となってくれたが……」

 レオさんは大きくため息をついたと思えば、目をカッと開いた。

「コユキ、エゴール、今暇か?」
「私は暇でございます!」
「いや、エゴール、レオさんの仕事代わりにやってたじゃん。私も、来週の番組の用意が……」

 私の言葉なんて耳に入っていないようだ。レオさんは私をまっすぐ見つめて、とんでもない事を言い放った。