「それなら、厨房のスライム……」
「スライムさんもいませんから!」
「まったく、コユキのせかいってめんどうなのね。だれならいいのよ?」

 私と姿かたちが似ているのは、このお城には二人しかいない。ツノが生えているけれど、この際仕方ない。

「レオさんなら、私の世界に溶け込みやすいかと……ちょっと目立つけれど」
「……なるほど、そういう事ならば仕方ない。私が行くとしよう」

 レオさんが勢いよく立ち上がった。

「でも、忙しいんじゃ……」
「コユキの世界を見学する、またとない絶好の機会だ。実は以前から興味があったんだ」
「おとうさま、ずるい! エミリアも行きたい」
「だめだ。また迷子になったら困るだろう?」

 エミリアちゃんはほっぺを膨らませて、ぷいっと横を向いた。
 執務室の外が賑やかになったと思うと、再びエゴールが姿を現す。

「魔王様、魔方陣の用意ができました!」
「わ、早い!」
「善は急げと言うだろう。さあ、早く行ってしまおう」

 私はレオさんとエゴールのあとについて地下室に向かう。やがて、見覚えのある部屋にたどり着く。

「ここって、私が初めて来た部屋?」
「そうだ」

 真っ暗な部屋、ろうそくに火がともっているけれど、その灯りだけでは心もとない。目を凝らすと、床に何か書かれていることに気づいた。

「これが魔方陣……」
「行先は?」

 レオさんがそう尋ねると、どこからともなく真っ黒なマントの集団が現れた。私が驚いて小さく悲鳴を上げると、エゴールが「我が国の優秀な魔導士たちです」と耳打ちをする。

「コユキ様が魔国に転送された直後の時間、ご自宅前に召喚できるよう設定済みです」
「わかった。始めてくれ」
「はっ!」

 何かの呪文の詠唱が始める。早口すぎて何を言っているのかわからない。それが進むにつれて、緊張で心臓の鼓動が早くなっていく。レオさんは私のそんな様子に気づいたのか肩を叩き、微笑んで「大丈夫だ」と言ってくれた。私は大きく息を吸って、肩の力を抜く。その時、地下室の扉がバンッと開いた。

「わたしもいくー!」
「エミリア!」

 エミリアちゃんが部屋に飛び込んできた瞬間、魔方陣が強い光を放つ。それが眩しくて、私はぎゅっと目を閉じた。途端に感じる浮遊感、そして足に伝わる衝撃。目の前には自宅のアパート……だったはずが、私たちはなぜか近所のコンビニの前にいた。エミリアちゃんは目を輝かせて嬉しそうにしている。レオさんを見ると額に青筋がたっていた。

「エミリア! だめだと言っただろう!」
「だってぇ……コユキと一緒にいたいんだもん! おとうさまだけおでかけなんてずるい!」
「早く戻れ! ……と言いたいところだが、何度も転送を繰り返すのは魔術師たちの負担になる。私たちが帰れなくなるかもしれない。……いいか、くれぐれも私たちから離れるなよ」
「はぁーい!」

 エミリアちゃんは私の手をぎゅっと握った。今度こそその手を離さないよう、私も強く握り返す。エミリアちゃんは目の前のコンビニを見上げ、「わぁ」と嬉しそうな声をあげた。

「ここがコユキのおうち? キラキラ光っててすてきね!」

私は「違うよ」と首を横に振った。

「ここはお店なの。うちはもっと地味よ」
「ふむ。何を取り扱っている店なんだ?」
 
 意外だ、レオさんが食いついてきた。

「えっと、ご飯とか飲み物とかおかしとか……とにかく、色んなものが手に入る便利なお店なんです」
「おかし!?」
「ふむ、興味があるな」

 そんな事を言って、レオさんが歩き出した。興味津々なのはエミリアちゃんも同じなようで、親子でコンビニに向かう。……ちょっと待てよ、この二人がコンビニに入ってしまったらどうなるだろうか? 黒いマントの男と、日本ではあまり見ないふわふわワンピースの女の子。見た目は人間に近いけれど、二人にはツノが生えていて、それはまるでコスプレ。ハロウィンならまだしも、今日は何のイベントもない日。……不審以外のなにものでもない!

「ちょっと待った二人とも! 勝手に動かないで!」

 ふらふら〜と、まるで明るい電球に向かって飛んでいく虫のように二人はコンビニに引き寄せられていく。目を離すと迷子になってしまいそう。エミリアちゃんのこういうところはレオさんに似たわけだ。私の右手はエミリアちゃんの手を、左手はレオさんの服をぎゅっと掴む。

「早くうちに行きましょう! これ以上ここにいたら目立っちゃう!」
「えー、こんびにいきたい!」
「うちに来たらもっと良いものあるから! ほら、レオさんも早く!」

 私は家路を急ぐ。何か興味があるもの(例えば、車とか、信号機とか、自転車とか、公園の滑り台とか、郵便ポストとか……あげていったらきりがないくらい)があったら、そちらにフラフラと行ってしまいそうになる。がっちりとまるで手綱を握るみたいに二人を引っ張りながら、ようやっと家に辿り着く事ができた。

「あ、鍵ない!」

 ここで致命的なミスに気づく。そうだ、私の家の鍵は今、大学の図書館にある荷物の中だ。