そして私はどんどん落ちていって――「痛っ!」

 そのまま、石畳の床に叩きつけられていた。

「はぁっ!? な、何なの! ていうか、ここどこよ!?」

 周囲は真っ暗で何も見えなくて、ホコリとカビのような臭いが鼻につく。私は強打したお尻をさすった。お尻だけじゃなくて、全身を打ち付けたからいたるところが痛い。
何が起こったのかさっぱり理解できないけれど、分かることはただ一つ……私が今いるここは、先ほどまで勉強していた大学の図書館ではないという事。それだけ。

(本当に、どこなんだろう……? 私はなぜこんな所に? もしかして、図書館で誘拐された? いやいや、そんなまさか)

 色んな考えが頭の中を駆け巡る。けれど、その中には答えはなさそうだった。こういう時は落ち着いた方がいいと思って何度も深呼吸を繰り返してみるけれど、不安が募り始め、気どんどん焦り始めてきた。

「あ、あのー! 誰かいませんかー?」

 私が暗闇に向かってそう叫ぶ。それに返事するみたいに、私を取り囲む様に何か炎が灯った。ひんやりとしていた部屋の中が、暖かくなっていく。暗闇にいたせいでその炎がまぶしくて、私はとっさに目を閉じた。

「魔王様! 成功です!」
「へ?」

 どこからともなく、そんな声が聞こえてきた。私は恐る恐る目を開ける。

「……――っ!」

 目に飛び込んできたものに、私は声にならない叫びをあげる。

私の目の前に、真っ黒な服を着た男の人が立ちはだかっていた。私が驚いたのは、彼の頭に生えている鋭いツノのようなものが見えたからだ。

「……」

 彼はじっと私を見下ろしていた。まるで品定めをするみたいに。私も彼から視線をそらすことができず、じっとツノばかり見ていた。

「魔王様、この者で間違えないですね?」

 さらに聞こえてきた声に、彼は「あぁ」と短く返事をする。ん? 今、【魔王】って言った?

「いや~~、良かったです! 異世界から生きている人間を召喚したのはこれが初めてでしたから、何かトラブルが起きないかだけが心配でしたが……無事、成功という事で!」

 どこにいるか分からなかった声の主が、その男の人の『足元』からひょっこりと顔をのぞかせた。

「……ぎゃーーーー!!! ば、ば、ば、化け物ーー!!!」

 今度は、大きな叫び声をあげてしまった。だって、その姿は……まるで物語や漫画で見るような【小鬼】そのものだったから。

「ば、化け物とは失礼な!!」

 その【小鬼】のような生き物は、憤慨しながらぴょんぴょんと飛び跳ねるように近づいてくる。

「いや! 来ないで、化け物!」

 私は体の痛みを忘れて、勢いよくあとずさった。

「いだっ!」

 そしてそのまま、背後の石壁に頭を強く打ち付けてしまい……気を失ってしまった。

***

「……ん、んんぅ……」

 私はゆっくり目を開ける。視線を感じて首をわずかに動かすと、私の事を覗き込んでいる女の子と目が合った。

「あら、目がさめたのね」

 女の子はニコリと笑って、私に向かってそう声をかけた。私は状況が理解できないまま頷き、ニコニコと笑う彼女の事を見つめる。真っ黒な瞳に、それと同じような黒髪。そして……あの時【魔王】と呼ばれていた男の人のように、小さいけれど、この子の頭にもツノのようなものが生えていた。

「よかった。きゅうにたおれちゃうんだもん、びっくりしちゃった」
「はぁ……」

 私は痛む頭を抑えながらゆっくりと起き上がる。私にかかっていた布団はとてもフカフカで、上等なものであるというのがすぐに分かる。部屋を見渡すと、照明やテーブルといったインテリアも何だか豪華だ。私はいつの間にか立派なお屋敷に連れてこられていたらしい。

「エゴール、起きたわよ」

 女の子がそう言うと、ピョンッとベッドの上に何かが飛び乗った。私は再び叫び声をあげる。

「ぎゃー!!! さっきの化け物!!!」
「ば、化け物……! あなた、失礼ですよ!」

 化け物は憤慨しながら足をバタバタと踏み鳴らす。やっぱり、これ、生き物なの……? 私が怖がっているのに気づいたのか、女の子は助け舟を出す。

「そうよ、エゴールは化け物じゃないわ。ゴブリンよ」
「ご、ごぶ……?」

 私の頭の上にハテナマークがたくさん浮かんでいる。目の前で顔を見合わせている、ツノを生やしている女の子とゴブリンという生き物。どんな展開になっているのか、さっぱり分からない。ちんぷんかんぷんの私に向かって、エゴールというその化け物が咳ばらいをした。