「こらこら。他の人たちが困るでしょ」

 私がそう諫めると、エミリアちゃんはバツが悪いのかそっぽを向く。エゴールはため息をついて、店主との話を終えた。

「どうしたらよいのか、魔王様に相談してみます」
「お願いしますよ。こっちも生活がかかってるんですから!」

 店主の悲痛な叫び声が、市場に響いていった。

 その後、私たちは市場を練り歩く。エゴールは国民の悩みを聞きだし、私は魔国の食材を見て回る。このマントの効果は絶大で、お店に行って食材について聞こうと思ったらすぐに分けてくれようとしたり、試食を用意したりしてくれる。私としては、実りのあるお出かけだったのだけど、エミリアちゃんにとってはそうもいかない。

「つまんない! あきた! つかれた!」

 大人の事情であれこれ連れ回されたら、小さい子なら飽きても仕方ない。私たちはカフェで休憩をすることにした。エミリアちゃんはパフェ、私はロベロベ牛とやらを使ったサンドイッチ、エゴールは何も頼まなかった。

「仕えている王女様の前で飲食なんてできません」

という事らしい。

「コユキ様は見たい場所はありますか?」
「うーん、どうしよう。お肉屋さんも魚屋さんも見たし……」

 しかし、魚屋ではエミリアちゃんを取り押さえるのに苦労したことしか覚えていない。エゴールも話を聞くどころではなかったみたいだった。

「遅くなるとエミリアちゃんがお城にいないのばれちゃうし、今日はもう帰ろうかな」
「そうですね」
「えー! つまんない! もっといいところいきましょう、お洋服屋さんとか」
「いつも城に仕立て屋が来ているではありませんか」
「けち!」

 休憩を終えた私たちは席を立つ。エゴールはお金を払うと言ってレジに向かっていった。私はカフェのディスプレイを見ながらエゴールを待つ。かわいらしいパフェとかパンケーキとかあるけれど、料理はおどろおどろしい色のものが多い。ハッキリ言ってしまえば、食欲をなくす色だ。

「サンドイッチが一番まともな色だったんだ……。ねえ、エミリアちゃん」

 私は近くにいるはずのエミリアちゃんに声をかける。しかし、返事はない。

「……エミリアちゃん?」

 周囲を見渡しても、あの可愛らしい姿がどこにもない。体がサッと冷たくなっていくのに気づいた。

「コユキ様、どうかしましたか?」

 会計を終えたエゴールが私の異変に気付いたらしい。私はギチギチと変な音を立てながら、振り返る。

「え、え、え……」
「え?」
「エミリアちゃんが、いません……」

 魔国の空に、エゴールの絶叫が響き渡った。

「ごめん、ちょっと目を離しちゃって!」
「謝罪は後です! 手分けして、早く探しましょう!」

 私たちはカフェの周辺を探してみる、だがエミリアちゃんの姿はどこにもない。きっとふらふらとどこかに行ってしまったに違いない。エゴールはポケットの中から、小さな透明の玉を取り出して私に投げてよこした。

「なにこれ?」
「通信用の水晶です! 何かあればこれに向かって私の名前を呼んでください! 繋がりますので」

 携帯電話みたいなものか。私は頷く。

「それと、エミリア様がいなくなったという事は誰にも知られないように! そのマントも脱いで探しましょう!」
「ど、どうして?」
「どうしてって、王女様がいなくなったと知られるのは軍事機密を知られるのと同じこと! 他国がその弱みを突いて侵略してくるかもしれませんよ!」
「なるほど」
「それに、ただでさえ無断で外出しているのに、いなくなったと魔王様に知れたら、どうなるか……」

 考えただけでも恐ろしい。私たちは身震いをする。私たちは別れて、エミリアちゃんを探すことになった。エミリアちゃんの行きそうな場所を想像しながら、町中を駆け巡る。洋服屋、アクセサリーのお店、おもちゃ屋、ケーキ屋……小さな女の子を見なかったかと店員に聞いてみたけれど、返事はいずれも「見ていない」だ。あとは町の中をしらみつぶしに探すしかない。

「……エミリアちゃーん」

 私は小声でその名を呼ぶ。町の人に気づかれないように探すなんて、至難の業だ。でも、早く見つけてあげないと……今頃、きっと不安で仕方ないはずだ。泣いているかもしれない。私は雑踏の中を駆け出していく。

「……うわっ」
「ご、ごめんなさい!」

 その時、私はフードを深くかぶった男性とぶつかってしまった。その弾みで、彼が持っていた荷物が落ちていってしまう。慌ててそれらを拾い上げ、彼に手渡していく。その間、私はずっと「すいません!すいません!」と繰り返していた。

「……何かあったんですか?」
「へ?」
「様子が変だったので。気に障ったらごめんなさい」

 フードの奥に見える瞳が優しげだったからかもしれない。私はうっかりと口を滑らせてしまった。