「あなたも着るんですよ」

 エゴールが指を振ると、私の肩にも同じマントがかかった。

「これは城の者であるという目印です。ですので、城下町での振る舞いにはくれぐれも注意してくださいね! 配下の不始末は魔王様の責任問題になりますので」
「了解!」

 レオさんの顔に泥を塗る訳にいかない。私は姿勢を正す。

「それでは行きますよ」

 エゴールは歩き出すので、私はそれに続いた。お城の門を出ると、すぐに町は広がっている。様々なモンスターが歩き回っていたり、お話をしていたり。

(……ちょっと怖い)

 エゴールやスライムさんで慣れた気ではいたけれど、モンスターは多種多様だ。すごい大きなトカゲに、腕の生えたヘビみたいな生き物。私が怯えていることに気づいたエゴールは「大丈夫ですか?」と声をかけてきた。

「う、うん……ちょっとショッキングだったけど、まあすぐになれると思う」
「そうですか?」
「こわいなら、おしろからでなければいいじゃない!」
「それはそうなんだけどさ。やっぱりこっちの国の食材や料理にも興味あるし……って、え?」

 幼い声が聞こえてきた。私とエゴールは顔を見合わせる。エゴールの顔色が青白くなっていくのが分かった。きっと私も同じだろう。恐る恐る振り返る……そこにいたのは……

「エミリアちゃん!」

 思わず大きな声が出てしまった。エミリアちゃんはいつもと同じふんわりとしたワンピースを着て、ニコニコと笑っている。

「来ちゃった」

 語尾にハートマークがついてそうなほどご機嫌だ。

「だ、だめですよエミリア様! 魔王様になんと言われるか……」
「ふたりがおこられないよう、わたしがちゃんとおはなしするからだいじょうぶよ」

 エミリアちゃんは私の手を握って「ほら、はやくいきましょ」と引っ張っていく。エゴールもエミリアちゃんに強くものを言えない様子だ。

「コユキ様、エミリア様の手は離さないでくださいよ!」
「分かってるって」
「エミリア様も! 我々から離れないでくださいね!」
「はぁーい!」

 一国の王女様が迷子になったら大変だ。私は強くその手を握る。

「エゴールは城下町に何をしに行くの?」
「町の様子を見に行くのですよ」
「様子?」
「国民の生の声を聞くには、やはり町に行くのが一番ですからね。本当は魔王様ご自身が直接町の者の話を聞きたかったようですが、やはり危険なので、代わりに私がこうして月に一回程度城下町を歩くんです」

 魔王からの勅命が喜ばしいのか、エゴールは胸を張る。

「今日は市場に行ってみましょうかね」

 私たちはエゴールの案内で市場に向かう。そこは活気づいていて、ちゃんとエミリアちゃんの手を握っていないとはぐれてしまいそうだ。エミリアちゃんもこんなにたくさんのモンスターたちを見るのは初めてだったようで、少し気圧されている。

「コユキ様は、何をご覧になりたいですか?」
「え? あ、じゃあまず野菜を……」
「やさい!?」

 その言葉を聞いて反射的に逃げようとするエミリアちゃんを取り押さえる。

「じゃあ青果店ですね。城とよく取引をしている店を紹介しますよ。こっちです!」

 人混み(モンスター混み?)の中で小さなエゴールのあとに続くのは一苦労だった。ようやっと青果店にたどり着いた。けれど、店先には萎びた葉っぱしかない。これがこの世界の普通なのかと思ったら、エゴールも首を傾げている。

「店主、何かあったんですか!?」

 店の奥から、ぼろい布切れみたいなものをかぶった浮遊物体が現れた。どうやらこのモンスターがこの店の主らしい。

「エゴールさん、困りましたよ……」

 姿も声も弱弱しい。エゴールがその体を支えて、近くの椅子に座らせた。座るんだ、あれ。

「もしかして、また【アレ】ですか?」
「ええ、また【アレ】なんですよ……」
「アレ?」

 隣にいるエミリアちゃんを見ても、何のことだかさっぱりな様子。私たちはエゴールと店主の話に聞き耳を立てるしかない。

「晴れが続くのに水やりをせずに枯らし、今度は雨降りなのに水を撒いて根腐れして野菜を枯らし……農村部まで天気の情報は中々行きわたらないみたいで。このままじゃ、今年も不作になりますよ」
「新聞に天気予報は掲載してるんですけどね」
「あっちの方は識字率が低いんですよ。みんな新聞読んでないんです」

 エミリアちゃんが小さな声で「どういうこと?」と聞いてくる。私はしゃがんで、彼女がわかるようにかみ砕いて説明をすることにした。

「お野菜作っている人たちが文字が読めないから、天気予報が分からなくてお野菜を枯らしちゃうんだって」
「……ずっとそうだといいのに」